債務不履行2

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ここでは、債務不履行による損害賠償に関して、損害の概念や損害賠償の範囲などついて扱います。

この講座は、民法 (債権総論)の学科の一部です。

前回の講座は、債務不履行1、次回の講座は、債権者代位権です。

金銭賠償の原則[編集]

債務不履行があると、債権者は債務者に対して損害賠償を請求できます。その方法としてはいくつかあり得ますが、民法は、債務不履行による損害を金銭に見積もってその金額を支払うという、金銭賠償を原則としました(417条)。これは、債務不履行が無かったならばあったであろう状態と同様の状態(例えば借りていた時計を壊した場合、同様の時計を市場で調達して引き渡すなど)を実現すべきこととするとかえって不便であり、損害を評価するにあたって最も便利である金銭によってその賠償を行わせる方が適当と考えられたためです。

そこで、まず損害の内容や範囲を確定し、その金額を算定することが必要となります。

損害[編集]

損害の概念[編集]

民法の条文に現れる「損害」の意味する内容は一様なものではありません。債務不履行の場面だけでなく、不法行為による損害賠償請求においても、「損害」の語がよく用いられています。

損害の概念については民法において規定されておらず、学説では、ドイツの学説を参照しつつ、差額説(総体差額説)と呼ばれる考え方がまず主張されました。これは、債権者の全財産を観念し、債務不履行が無かったならば債権者が有したであろう全財産と、債務不履行があった結果として現実に有する全財産との差額を、損害として捉える見解です。このような見解は、損害=事実説の立場から、損害=金額説と呼ばれることもあります。

これに対して、二つの全体財産額を確定することは困難であり、特に少額の損害賠償では非実用的であること、精神的苦痛などの非財産的損害を含め難いこと、ドイツと異なり日本の民法は完全賠償の原則(債務不履行と損害との間に因果関係があれば、その損害はすべて賠償されるべきとする考え方)を採用しておらず、総体差額説を採ることは適切でないとの批判がなされています。

また、裁判実務では、債務不履行の前後の財産状態の差額を個別の損害項目ごとに計算し、それを合計して損害を決定するという、個別損害項目積上方式がとられており、この考え方についても、差額説と呼ばれることがあります。

そこで現在の学説では、損害の事実とその金銭的評価を区別すべきとして、損害とは損害の事実を言うとする見解(損害=事実説)も有力に主張されています。

損害の種類[編集]

包括的な全体としての損害を具体的に把握するため、損害はいくつかに区分されています。ここでは、その損害の種類について扱います。

財産的損害と精神的損害[編集]

債務不履行によって債権者に生じた財産上の不利益を財産的損害といいます。これに対して、精神的苦痛ないし不利益を、精神的損害といいます。

財産的損害は、更に積極的損害と消極的損害に区分されます。積極的損害とは、債権者が現に受けた損失のことであり、例えば医師の不注意で受けた怪我の治療費などがこれにあたります。これに対し消極的損害とは、債権者の得べかりし利益の喪失であり、本来債務不履行が無ければ得られたはずの利益が得られなかったというものです。逸失利益ともいい、例えば怪我のため働くことができず、得られなかった収入などがこれに当たります。

精神的損害の賠償については、不法行為の場合(710条)と異なり明文規定はありませんが、賠償されるべき場合もあるものと考えられています。

履行利益と信頼利益[編集]

履行利益とは、債務の本旨に従った履行がなされていれば、債権者が得られたであろう利益のことを言います。例えば、ある時計が履行期に、債権者に引き渡されていたのであれば、それを転売して利益を得られたであろうという場合には、その転売利益は履行利益に含まれることとなります。

これに対して、信頼利益とは、契約が無効又は不成立であるのに、それを有効と信じたことによって債権者が受けた損害の賠償であり、例えば契約締結のための費用や、代金支払いのため借金をした場合その借金の利息などがこれに当たります。

信頼利益は一般的には以上のように説明されますが、その内容については、問題となる具体的場合も多様なものがあって、不明瞭なものとなっています。そこで、信頼利益という概念の有用性につき、疑問とする見解もあります。

損害賠償の範囲[編集]

相当因果関係説[編集]

かつての通説は、ドイツの学説を継受して、損害賠償の範囲は債務不履行との相当因果関係の有無によって定まるものであるとしました。これが相当因果関係説であり、損害のうち相当因果関係がある範囲の損害が賠償されるべき損害の範囲であって、416条は損害賠償における相当因果関係の原則を定めたものであると捉える見解です。

またこの相当因果関係説は、判例の立場(大連判大正15年5月22日民集5巻386頁)ともなっています。

これに対して、完全賠償の原則を採るドイツでは、因果関係の範囲を限定する相当因果関係の概念が必要なものとなりますが、もともと制限賠償の原則をとる日本においてはこれを採る必然性は無く、また日本における相当因果関係の概念はあいまいなものとなっており、紛争解決の基準となっていないとの批判がなされています。

保護範囲説[編集]

以上のような相当因果関係説への批判から、これに代わるものとして主張されたのが保護範囲説であり、これは、従来相当因果関係の概念において扱われてきた問題を、事実的因果関係、保護範囲、損害の金銭的評価の三つの問題に分析して考えるべきものとし、416条は保護範囲を画定する基準であると考える見解です。

事実的因果関係とは、あれなければこれなしという条件関係の有無によって決定される事実的な因果関係をいい、保護範囲とは、事実的因果関係のあるもののうち、どの範囲が賠償されるべき損害の範囲であるかを画定するものです。そして、損害の金銭的評価とは、確定された範囲内の損害を金銭に見積もることであり、これは裁判官の裁量的・創造的評価によってなされる作業であるといいます。

通常損害と特別損害[編集]

416条の解釈[編集]

通説的見解は、416条は2項が「特別の事情によって生じた損害」を定めていることから、特別の事情以外の、通常の事情によって生じた損害については1項によって定められているものと解します。また1項では「通常生ずべき損害」と定められていますが、およそ通常生じない、異例の損害については予見可能性の有無に関わりなく損害賠償の範囲に含まれるものではなく、そのような異例な損害は416条1項・2項のいずれによっても損害賠償の範囲には入らないものと解します。

そこで結局、416条1項は通常の事情により通常生じる損害(通常損害)を損害賠償の範囲に含むものであり、416条2項は特別の事情によって通常生じる損害(特別損害)についても当事者の予見していたものであれば、損害賠償の範囲に含むということを定めたものとなります。

そして、ある損害が通常損害か特別損害かについては、当事者の属性・立場・当事者の関係や、目的物の種類・性質、社会的経済状況などを総合的に考慮して決定されることとなります。

予見可能性[編集]

予見可能性については、誰にとって、またいつの時点で予見可能であったことが必要かが問題となります。

判例(大判大正7年8月27日民録24輯1658頁)・通説は、債務者にとって、履行期ないし債務不履行時に予見可能であった事情が基礎となるといいます。この立場は、債務者が債務不履行をする際に特別事情について予見可能である以上それによる損害は賠償すべきであって、その責任を負いたくないのであれば履行すればよいと考えます。

これに対して、両当事者が契約締結時において予見可能であった事情のみが基礎となるという見解も有力に主張されています。この見解は、契約においては両当事者の合意によって債権者の利益が決定されるのであり、その際予見できた利益だけが契約に組み込まれているのであって、それを事後的に変更するのは不当であるといいます。

損害賠償額の算定[編集]

損害賠償を請求するものは、損害発生の事実だけでなく損害額も立証すべきであり、損害額が証明されないと認められるときは、裁判所はその請求を棄却すべきものとされています(最判昭和28年11月20日民集7巻11号1229頁)。ただし、これには以下の例外があります。

例外の一つは、金銭債務の不履行であり、これについては損害賠償額が法律上定められているため(419条1項など)、その立証は問題となりません。次に、慰謝料の金額については、裁判所がその裁量により認定することができ、その根拠が示される必要はありません(大判明治43年4月5日民録⑯輯273頁(不法行為について))。さらに、損害の発生は認められるものの性質上その額の立証が極めて困難な場合には、裁判所は弁論の善趣旨および証拠調べの結果から、相当な損害額を認定するものとされています(民事訴訟法248条)。

基準時[編集]

物の引渡しなどについて債務不履行があり、目的物の価格が変動している場合、どの時点の価格を基準とすべきかということが問題となります。これが、損害賠償額算定の基準時の問題です。

履行不能における損害賠償額算定の基準時について、判例は、原則として履行不能時の時価とします。ただし、目的物の価格が騰貴している場合に、債務者が履行不能時においてその騰貴について予見可能であった場合には、債権者がその価格の騰貴まで目的物を持ち続けていないであろうと予想された場合を除いて、債権者は騰貴した価格によって請求できます。また、価格が一旦騰貴した後下落した場合、その騰貴した価格(中間最高価格)を基準とするためには、債権者がその騰貴した価格のときに転売等によって利益を取得したと確実に予想されることが必要です。なお、価格が現在なお騰貴している場合には、債権者がこれを現在においてたに転売等すると予想されることは必要ではありません。

履行遅滞の場合については、債権者が解除をした場合には、解除時の時価が基準となるという判例が主流といえます。これは、解除によってそれまでの給付義務が損害賠償義務に代わるのであるから、その時点の時価を基準とするものと説明されます。一方で解除があったにもかかわらず別の時点をとった判決(大判大正5年10月27日民録22輯1991頁(解除後債権者が第三者と代替取引をした時点の時価)、最判昭和36年4月28日民集15巻4号1105頁(履行期の時価))もあり、判例は必ずしも明確なものではありません。

以上に対し学説では、基本的に判例を支持して、損害賠償債権発生時を基準時とする見解のほか、基準時を形式的に決定するのではなく、規範的な観点を導入して、諸般の事情を考慮して公平の理念に訴えて判断すべきという見解や、債権者に給付がなされたのと同等の利益を与えるという観点によりつつ債権者に損害の拡大を避止すべき義務を認める見解なども主張されます。さらに、基準時を一元的に決めるのではなく、取引の性質や目的物の種類、当事者の特性などから複数の時点が決まり、債権者はその中から自己に有利な時点を原則として選択できるとの見解もあります。

過失相殺[編集]

過失相殺は、債務不履行による損害賠償が認められる場合であっても、賠償額が減額される場合の一つです。なお、このような場合としては他に損益相殺があります。

過失相殺とは、債務不履行に関して債権者に過失があったときには、損害賠償責任の有無及び賠償額の決定に当たってそれが考慮される(418条)ことを言います。損害の発生などについて債権者にも過失があるような場合には、損害額の全てについて債務者に負担させることは衡平に反すると考えられるのであり、公平の原則および信義則から認められるものです。債権者の過失は、債権者の債務不履行自体についての過失と、損害の発生・拡大についての過失の両方を含みます。また債権者の被用者などの過失についても、債権者の過失として評価されます。

同様の規定として、不法行為についての722条2項があります。

損益相殺[編集]

損害賠償の発生原因が生じたことによって、債権者が利益を受けた場合、その利益は損害賠償額から控除されることとなります。これを損益相殺といい、条文にはありませんが、解釈上公平の観点から認められています。

このような損益相殺は、総体差額説からは当然の帰結であり、また損害=事実説からは、金銭的評価又は重複填補の調整の問題として捉えれば足り、独立の地位を与えるまでもないといわれることもありますが、この概念に意義を認め、これを維持する見解が多数です。

損益相殺が認められるかどうかは、損害と利益との間に同質性が認められるか否かが基準となるものとされており、具体的にこれが問題となるものとして、火災保険をはじめとする損害保険金を控除すべきかどうかがありますが、判例(最判昭和50年1月31日民集29巻1号68頁)は控除を否定しています。

金銭債務の特則[編集]

金銭債務については、履行不能とならないという特殊性が認められるほか、債務不履行の際の損害賠償の点でも特別の規定が置かれており、金銭債務の不履行における損害賠償額は、法定利率により定められます(419条1項)。債権者は損害の証明をする必要はなく(419条2項)、また債務者は不履行が不可抗力による場合であっても、その額を支払わなければなりません(419条3項)。

なお、法定利率よりも約定利率の方が高い場合には、約定利率により損害賠償をすることとなります。また民法では法定利率は年5%です(419条1項本文)が、商人間の場合には法定利率は年6%となります(商法514条)。

そして、債権者は一定割合の遅延損害金異常の損害を被ったと証明したとしても、その賠償を請求をすることができないというのが判例および伝統的な通説となっています。もっともこれには、法律上の例外として、647条、665条などが定められています。また学説では、一定の場合に419条1項を超える実損害の賠償を認める見解も主張されています。

損害賠償額の予定[編集]

債務不履行によって損害賠償を請求するには、債権者は損害の発生やその損害額を証明する必要があります。しかし実際にそれを行うことは面倒であり、また損害額をめぐり紛争となることも考えられます。そこで、債務不履行があった場合の損害賠償額を当事者があらかじめ合意しておくことがあり、これを損害賠償額の予定といいます。

損害賠償額の予定がなされている場合、裁判所はその合意に拘束され、賠償金額を増減することはできません(420条1項)。また、債権者は損害の発生や損害額を立証することなく、予定された金額を請求できますが、一方でより多額の損害を被った場合であっても、予定された額以上を請求することはできません。これによって、債権者は立証の困難を免れることができ、一方債務者は債務不履行時のリスクを把握することができます。

もっとも、賠償額が過度に高額である場合や低額である場合については、損害賠償額の予定が公序良俗に反し無効とされることがあります。また特別法において、賠償額の予定の効力を制限するものや、否定するものがあり、例えば消費者契約法9条では、消費者の支払う損害賠償額の予定の効果を制限しています。

(参照 w:債務不履行

損害賠償による代位[編集]

損害賠償をした債務者は債権者に代わって、その地位を得ます(422条)。これを、損害賠償による代位、あるいは賠償者の代位と言います。これにより、債権者が損害賠償として、債権の目的物・目的である権利の価額の全部の支払いを受けたときは、債務者はその物又は権利について、当然に債権者に代位するため、例えば借りていた時計を壊してしまった場合、その時計の価額全額を支払った債務者は、壊れた時計の所有権を得ます。

この制度は債権者の二重の利得を防止し、損害賠償をした債務者の利益を保護するものです。また422条にいう「当然に」とは、なんらの意思表示・対抗要件などを要しないということを意味します。

(参照 b:民法第422条