売買・贈与

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ここでは、財産の譲渡を内容とする契約として、売買契約、交換契約および贈与契約につき、担保責任以外について扱います。

この講座は、民法 (債権各論)の学科の一部です。前回の講座は解除、次回の講座は担保責任です。

売買[編集]

売買契約の成立[編集]

売買とは、当事者の一方が相手方に財産権の移転を約束し、相手方がこれに対して代金を支払うことを約束することによって成立する契約です(555条)。

売買契約は、諾成契約であり、双務契約であり、有償契約です。売買契約は有償契約の典型であって、民法は、559条で売買に関する規律を契約の性質が許さない場合を除いて、有償契約一般に準用しています。

売買契約の成立を主張するためには、その本質的要素である目的物と代金額を主張・立証しなければなりません。逆に言えば、この二つ以外については本質的要素ではなく、売買契約の成立に不可欠の要件となるのはこれだけです。売買契約の本質的要素がこれだけであるということは、555条の規定から導かれます。また売主が目的物を所有していることが必要ないことは、560条において、他人物売買も有効なものとして扱われていることから明らかです。

そこで、例えばXY間で売買契約の成立を主張する場合、「XはYに甲を代金100万円で売った」ということを主張・立証すれば足りることとなります。

売買契約の費用[編集]

売買契約に関する費用は、特別の合意又は慣習がなければ、当事者双方が均等に負担します(558条)。売買契約に要する費用とは契約書の作成費用や目的物の測量費用など、売買契約の締結に要した費用をさします。これに対して、売買契約の履行をするために要した費用は、弁済の費用として、485条により、原則として債務者負担となります。

売買の予約[編集]

売買の予約とは、将来において売買契約を締結する旨の合意のことをいいます。売買の予約は、本契約としての売買契約ではありませんが、法的拘束力を持った契約です。

民法が556条において定めている売買の予約は、当事者の一方に一方的意思表示により本契約である売買契約を成立させる権利を与えるという内容を持つ売買の予約です。この売買の予約によって与えられる、一方的意思表示によって本契約を成立させる権利を予約完結権といいます。予約完結権を持つのが当事者の一方である場合を一方の予約、当事者の双方が持つ場合を双方の予約といいます。予約完結権が行使されたときには売買契約が成立し、売買の効力が生じます。予約完結権の行使期間が定められていない場合、予約完結権を行使される当事者は行使されるまで不安定な状態におかれるため、催告権が認められています(556条2項)。

このようなの予約完結権を与える予約契約に対して、予約完結権を与えるものではない予約契約もあります。その内容は、本契約を成立させることに向け誠実に努力する義務を当事者が負担することの合意であると考えられており、このような義務を当事者の一方のみが負う片務予約と、双方が負う双務予約があると考えられています。

以上のような売買の予約に対して、社会一般では本契約でありながら予約と呼ばれているもの(例えば商品の予約販売や宿泊の予約など)があります。それらは既に本契約が締結されており、履行期が将来にあるだけです。

手付[編集]

手付とは[編集]

手付とは、契約に際して当事者の一方から相手方に交付される金銭その他の物であって、代金の一部払いとしての内金とは異なる意味を持たされたものをいいます。もっとも、現実には手付は履行の着手後、代金の一部に組み込まれる旨の約定がなされる場合が多くあります。

手付は、売買契約に付随する手付契約に基づいて交付されます。手付の金額や内容については当事者が自由に決定できますが、法令上の規制がなされている場合もあります(例えば宅地建物取引業法39条1項では、宅地建物取引業者が自ら売主となる宅地または建物の売買契約に際して手付の交付を受けるときには、代金額の10分の2を超える額の手付を受領することが出来ないものとされています。)。そして、手付契約は要物契約であるというのが通説となっています。

手付には以下のような種類のものがあると考えられます。

成約手付
成約手付とは、手付の交付が売買契約の成立要件となるものを言い、諾成契約主義を採用する日本では認められません。
証約手付
証約手付とは、手付の交付が売買契約締結の証拠となるものを言い、このような性質はすべての手付に認められます。
解約手付
解約手付とは、解除権を留保するという意味を有する手付を言い、このような手付が交付されたときには、買主は手付金返還請求権を放棄して契約を解除し、また売主は手付金の倍額を償還して契約を解除することができます。解約手付による買主の解除を手付流し、売主の解除を手付倍返しといいます。解除は理由を要せずにでき、買主は意思表示により、売主は手付の倍額を提供して行います。
違約罰としての手付
違約罰としての手付とは、契約違反があった場合に、損害賠償とは別に没収される金銭とされたものを言い、契約の拘束力を強める働きをするものです。
損害賠償額の予定としての手付
損害賠償額の予定としての手付とは、契約違反があった場合の損害賠償額の予定として交付された手付を言います。債権総論も参照してください。

手付の性質に関して、解約手付は契約の拘束力を弱め、違約手付は契約の拘束力を強める性質のものであって、相反する双方の性質を併せ持たせることは出来ないとも考えられ、一つの手付に解約手付と違約手付の性質を認めることができるかどうかが議論されてきましたが、判例(最判昭和24年10月4日民集3巻10号437頁)では、当事者の合意によって手付に解除権留保とあわせて違約の場合における損害賠償額の予定や違約罰の意味を盛ることは、差し支えないとしています。

民法では、手付を解約手付と推定しています(557条1項)。そして手付解除が行われる場合、それにより損害は填補されていると考えられ、損害賠償の請求は認められません(557条2項)。

履行の着手[編集]

解約手付による解除は、当事者による履行の着手があれば、それ以降は認められなくなります(557条1項)。ここで問題となる履行の着手とは、客観的に外部から認識し得るような形で履行行為の一部をなし、または履行の提供をするために欠くことのできない前提行為をした場合をいうものとされています(最大判昭和40年11月24日民集19巻8号2019頁)。代金を現実に提供して受け取りを求めたような場合のほか、農地売買につき許可申請をした場合(最判昭和43年6月21日民集22巻号1311頁)などに、履行の着手ありとされています。履行の着手は、履行期前であっても着手がないとは言えず、履行期前にも認められ得るものですが、その場合には債務の内容や当事者の行為態様のほか、履行期を定めた趣旨目的も重要な判断要素となります。

自らが履行の着手をした場合に解約手付による解除が認められるか否かについて、履行の着手をした当事者が解除によって不測の損害を被るのを防止する規定と解した場合には、履行の着手をした者自らが解除することは認められることとなります。前出の昭和40年判例は、履行の着手をした者が履行の着手後に自ら解除することは557条が妨げるものではないとしています。しかし、これに反対して、どちらの当事者の履行の着手であれ履行の着手がなされれば、相手方には解除されずに履行されることについてより多くの期待・信頼が形成されるのであり、自ら履行の着手をした場合であっても、履行の着手後は解除できないとの見解も主張されます。

(参照 w:売買

交換[編集]

交換契約は、当事者が互いに金銭の所有権以外の財産権を移転することを約する契約です(586条1項)。交換契約も有償契約であり、売買に関する規定が準用されます(559条)。また交換の際に当事者の一方が金銭の所有権をも移転する場合、その金銭については売買代金に関する規定が準用されることとなります(586条2項)。

贈与[編集]

総説[編集]

贈与は、ある者がある財産を相手方に与えることを約束し、相手方がこれに同意することによって成立する契約です(549条)。

贈与契約は、諾成契約であり、片務契約であり、無償契約です。諸外国では、贈与契約を要式契約とするとする例も多く見られますが、日本の民法では諾成契約とされており、下記のように書面によらない贈与には撤回が認められているものの、比較的贈与の拘束力は強いものとして定められているといえます。

贈与者は、贈与の目的となった権利を移転しなければなりません。ここで、民法は贈与は売買と異なり無償契約であることから、贈与財産の瑕疵について担保責任は負担しないものとしており(551条1項本文)、ただ贈与者が瑕疵を知っていながらこれを受贈者に告げなかった場合には、例外的に、権利の瑕疵・物の瑕疵について担保責任を負担するものと定めています(551条1項但書)。そこで、原則としては贈与財産を現状のまま移転すればよいこととなります。

贈与の撤回[編集]

贈与契約は、書面によってなされたものでなければ、贈与者も受贈者も、贈与を撤回することができます(550条本文)。これは、贈与を書面にすることを促すことで権利関係を明確にすることと、贈与意思を書面にまとめさせることで贈与するかどうかを熟慮させ、軽率に贈与することを予防することをその趣旨とするものと解されています(最判昭和53年11月30日民集32巻8号1601頁)。書面による贈与といえるためには、贈与者の権利移転の意思が書面に表示されていなければならず、一方受贈者の同意が表示されている必要はありません(大判明治40年5月6日民録13輯503頁)。また、贈与の意思が第三者宛ての書面に表示されたものであってもよく(最判昭和60年11月29日民集39巻7号1719頁)、贈与契約締結後に作成された書面に表示された場合でもよいとされています(大判大正5年9月22日民録22輯1732頁)。

書面によらない贈与であっても、履行の終わった部分については、撤回することができません(550条但書)。これは、実際に贈与がなされたことによる受贈者の信頼の保護を目的としたものであり、ここで言う履行の終了は、厳密な履行の完了を必要とするものではなく、贈与者の贈与の意思が明確に表現されている外部的な行為態様が認められれば足りるものとされています。そこで、不動産の贈与では不動産の引渡しがなくとも所有権移転登記がなされた場合には、ここで言う履行の終了があったものとされ(最判昭和40年3月26日民集19巻2号526頁)、逆に所有権移転登記がなくとも引渡しがなされた場合にも、やはり履行が終了したとされます(最判昭和31年1月27日民集10巻1号1頁)。この引渡しは、簡易の引渡しや指図による占有移転、占有改定でも足ります。

負担付贈与[編集]

負担付贈与とは、受贈者も一定の給付をする義務を負担している贈与のことを言います。負担付贈与も撤回することができますが、贈与者が履行を終了した場合のほか、受贈者が負担を履行した場合にも、やはり撤回は認められないものと考えられます。贈与者は負担の限度で、売主と同様の担保責任を負います(551条2項)。負担の限度でとは、受贈者が負担の履行により損失を被らない限度で、という意味です。そこで例えば目的物の価値が1000万円、負担の価値が400万円であれば、瑕疵によって目的物の価値が400万円になっても担保責任を負いませんが、300万円になると贈与者は100万円の限度で担保責任を負い、受贈者は100万円の限度で履行を拒絶することができ、また負担を履行した場合には100万円の限度でその返還を請求できます。

負担が履行されない場合には、541条以下に従って贈与者が負担付贈与を解除することができます。

なお負担の内容が贈与の価値に相当するような場合は、負担付贈与ではなく売買や交換などといった双務契約であると解されます。

死因贈与[編集]

死因贈与とは、贈与者の死亡によって効力が発生する贈与のことを言います。死因贈与には遺贈の規定が準用されています(554条)。もっとも、死因贈与は諾成契約であり、遺贈の要式性に関する規定は準用されません(大判大正15年12月9日民集5巻829頁、最判昭和32年5月21日民集11巻5号732頁)。また死因贈与は契約であり、遺贈の承認や放棄に関する規定も準用されません。さらに学説では、遺言の撤回自由に関する1022条の準用についても、契約した以上拘束力が働くとしてこれを否定するのが多数となっています。しかしこれに対して、判例(最判昭和47年5月25日民集26巻4号805頁)は、死因贈与は贈与者の死亡によって贈与の効力が生ずるものであるが、かかる贈与者の死後の財産に関する処分については、遺贈と同様、贈与者の最終意思を尊重し、これによって決するを相当とするとして、遺言撤回の方式に関する部分を除いて1022条が準用されるとしています。

もっとも、負担付死因贈与について、判例(最判昭和57年4月30日民集36巻4号763頁)は、贈与者の生前に受贈者が負担の全部またはこれに類する程度の履行をした場合には、受贈者の利益を犠牲にするのは相当でなく、負担の履行状況にもかかわらず負担付死因贈与の全部又は一部を撤回することがやむを得ないと認められる特段の事情がない限り、1022条、1023条は準用されないとしています。

(参照 w:贈与