背任罪

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ここでは、背任罪などについて扱います。

この講座は、刑法 (各論)の学科の一部です。

前回の講座は、横領罪、次回の講座は、その他の財産に対する罪です。

背任罪とは[編集]

背任罪とは、他人のためにその事務を処理する者が、自己もしくは第三者の利益を図り、または本人に損害を加える目的で、その任務に背く行為をし、本人に財産上の損害を加えることを内容とする犯罪です。背任罪は、刑法では詐欺及び恐喝の罪の章下に規定されていますが、背任罪の特徴は、本人と事務処理者との間に法的な信任関係があるにもかかわらずその信任関係を侵害して財産上の損害を加える点にあり、これは横領罪と類似する犯罪として、横領罪とあわせて認識すべきものと考えられています。

また、背任罪は窃盗罪や詐欺罪、横領罪などの個別の財産に対する犯罪と異なり、全体財産に対する犯罪です。

本罪の罪質をめぐっては、以下のような学説の対立があります。

  • 本人との信任関係に違背して財産を侵害する点に背任罪の本質があるとする見解(背信説)。通説です。
  • 本人により与えられた法律上の処分権限(代理権)の濫用により財産を侵害するものであるとする見解(権限濫用説)。
  • 背信説を限定し、特定の高度の信頼関係を生じさせる事務自体に関する信頼関係に違背して財産を侵害する点に本質があるとする見解(限定背信説)。
  • 背信罪の成立範囲を明確にすると言う観点から、代理権の濫用を拡大し、本人によって与えられた法律上及び事実上の処分権限の濫用によって財産を侵害する点に本質があるとする見解(背信的権限濫用説)。

権限濫用説の立場に対しては、背任罪が成立する範囲が狭すぎることとなるとの批判がなされており、同様に背信的権限濫用説に対しても、権限逸脱行為を背信罪において捕捉できないことが、特に利益を客体とする場合につき問題があると批判されます。

判例は、背信説を基本としているものと考えられます。

本罪は、委託者と事務処理者との間に成立した信任関係に背く点で委託物横領罪と似ているが、本罪は信任関係に基づく財産上の任務の違背一切を対象とするのに対し、横領罪は物の占有という委託事務の違背を対象とする点でその範囲を異にします。そこで、背任罪と横領罪とは一般法と特別法の関係にあるものと考えられ、背任罪が2項横領罪的機能を持つものと捉えられます。もっとも、このような捉え方には反対する見解も主張されます。

また本罪にも親族相盗例の準用があり、親族関係は委託者であって財産上の損害を受けた者と、行為者との間に必要となります。

なお、株式会社の取締役などに関しては、会社法960条以下において特別背任罪(発起人・取締役等の特別背任罪は、10年以下の懲役もしくは1000万円以下の罰金又はその併科である)が定められています。

主体[編集]

本罪の主体は、他人のためにその事務を処理するものに限られます。本罪は、真正身分犯と解されます。

本罪にいう事務については、以下の見解の対立があります。

  • 財産上の事務に限るべきとする見解(限定説)。
  • 財産上の事務に限るべきでないとする見解(無限定説)。

また他人の事務とは、他人、すなわち本人の事務を本人に代わって行うことを言い、他人の利益となるものであっても自己の事務を処理する場合には、本罪にいう事務処理者ではないこととなります。

これに関して、判例(最判昭和31.12.7. 刑集10-12-1592)・多数説は、二重抵当の場合において、抵当権設定者の抵当権者に協力する任務は、主として他人である抵当権者のために負うものであるとして、背任罪の成立を認めます。これは、不動産の二重売買の事例において横領罪が成立することの均衡と、横領罪よりも軽い背任罪において主体の範囲をより狭く解する必要がないことから導かれる解釈と考えられますが、このような見解に対しては、債務不履行を背任罪で処罰し得ることを可能としてしまうため、疑問とする見解も主張されています。

任務違背行為[編集]

本罪の行為は、任務に背く行為です。

ここで、任務とは、その事務の処理者として当該具体的事情のもとで当然になすべきものと法的に期待される行為をいいます。背任行為は、法律行為として行われる必要はなく、事実行為として行われる場合であってもかまいません。また、不作為をも含みます。任務に違背したといい得るか否かは、社会通念に照らして、通常の事務処理の範囲(事務処理の通常性)を逸脱していたかどうかによって決められることとなります。単にリスクが高い取引(冒険的取引)であるというだけでは違背したとは言えません。

蛸配当(架空の利益を計上して、株主にその利益金を配当すること)などの違法行為については、原則として背任にあたるものと考えられますが、例外的な場合もあるとされています。

図利加害目的[編集]

主観的要件[編集]

本罪は目的犯であり、故意以外に主観的構成要件要素として、利得の目的又は加害の目的が必要となります。まず、本罪の故意については、自己の行為が任務に違背するものであること、および本人に財産上の損害を加えることを認識して行為に出る意思を内容とします。財産上の損害の発生は確実に予測できない場合もあり、故意は未必的なもので足ります。

図利目的とは、自己もしくは第三者の利益を図る目的をいいます。ここでいう利益については、以下の見解が主張される。

  • 身分上の利益その他の非財産的利益を含むとする見解。判例(大判大正3年10月16日、刑録20輯1867頁、最決平成10年11月25、 刑集52巻8号570頁)・通説の立場です
  • 財産上の利益に限るとする見解。

また、加害目的とは本人に損害を加える目的です。損害を財産上のものに限るかについては、見解の対立があります。

目的の内容[編集]

本人の利益を図る目的で行為した場合には、例え任務に違背して本人に損害を加えても、背任罪とはなりません。もっとも、主として自己や第三者の利益を図る目的で行為したときは、従として、本人の利益を図る目的があったとしても、背任罪の成立を妨げません。ここで、図利加害目的の内容について、以下の見解が主張さます。

  • 図利・加害の点を認識すれば足りるとする見解(未必的認識説)。
  • 確定的認識を必要とする見解(確定的認識説)。
  • 図利・加害を意欲することを必要とする見解(意欲説)。
  • 本人の利益を図る目的がないことを背任罪の成立要件とする見解。

未必的認識説のように考えると、故意が認められれば常に図利加害目的も認められることとなり、これを別に要求する意義がなくなるものと批判されます。また、意欲まで要求する見解に対しては、そこまで要求する実質的根拠が明らかでないと批判されます。

判例(最決昭和63年11月21日、刑集42巻9号1251頁)は、意欲や積極的認容までは必要ないとしています。

財産上の損害[編集]

財産上の損害とは[編集]

本罪は結果犯であり、背任行為により本人に財産上の損害が発生した場合に既遂となります。ここで、財産上の損害とは、既存財産の減少(積極的損害)と、将来取得し得る利益の喪失(消極的損害)との双方を含みます。また、財産とは全体財産の意味であり、損害は本人の財産状態の全体について考慮しなければなりません。そこで、たとえある土地が売却され失われたとしても、その代りに十分な金銭を得たような場合には、財産上の損害はないこととなります。

判例(最決昭和58年5月24日、刑集37巻4号437頁)は、損害の有無は、経済的見地において本人の財産状態を評価し、被告人の行為によって本人の財産の価値が減少したときまたは増加すべかりし価値が増加しなかったときをいうものとしています。

二重抵当と背任罪[編集]

二重抵当とは、債権者のために自己の不動産に抵当権を設定した後に、登記をしていないことを奇貨として、さらに他の債権者のために抵当権を設定し、後者のために登記を行うことを言います。

この場合につき、以下のような学説が主張されます。

  • 前者につき背任罪、後者につき詐欺罪を認め法条競合とする見解。
  • 前者につき背任罪、後者につき詐欺罪とし、観念的競合とする見解。
  • 前者につき背任罪が成立するのみとする見解。通説です。

後者については、たとえ前者の存在を黙って抵当権を設定した場合であっても、一番抵当権を得ている以上、何らの財産的損害はなく、後者に対する前者との抵当権設定契約締結の告知義務もないため、前者についてのみ背任罪が成立するとの見解が通説となっています。

また、かつての判例(大判大正元年11月28日、刑録18輯1431頁)は、二重抵当は詐欺罪を構成するとしていましたが、その後の判例(最判昭和31年12月7日、刑集10巻12号1592頁)では背任罪だけが成立するとの立場を採っています。

なお、登記申請に必要な事務を行うことは、債権者の抵当権保全行為の一部をなしているといえ、その義務履行は他人の事務の性質をもちます。そして、その地位を保全する義務を負うのにもかかわらず、他の債権者のために抵当権を設定し登記を行うことは、任務違背行為となり、後順位の抵当権者となることで、第一順位抵当権としての既存財産の価値の減少が認められることから、背任罪が成立するのです。

横領罪との区別[編集]

他人のためにその事務を処理する者が、自己の占有する他人の財物を不法に処分するような場合、同じ任務違背行為である横領罪と背任罪の双方が問題となり、横領罪が成立するときは両罪は法条競合の関係に立ち、重い業務上横領罪が成立するとするのが通説・判例です。しかし、どの範囲で横領罪が成立するかは困難な問題とされています。

判例では、本人の名義・計算で行われた場合は背任罪が成立し、自己の名義・計算で行われた場合には横領とするのが主流となっています。例えば、村長が職務上保管する村有財産を村会の議決によらずに村の計算において第三者に交付する行為は、背任罪となるとした判例(大判昭和9年7月19日、刑集13巻983頁)がある。

一方、森林組合の組合長が組合員への転貸以外に流用を禁止された政府貸付金を組合名義で第三者である地方公共団体に貸し付けた事例につき、業務上横領罪の成立を認めた判例(最判昭和34年2月13日、刑集13巻2号101頁)があり、これは、たとえ本人名義で行われたとしても本人の権限にも属さない権限逸脱行為は、その名義を問わず不法領得の意思が認められると判断したものと解されます。

学説では、背任罪の罪質の理解にもより、以下のような見解などが主張されています。

  • 一般的な権限逸脱を横領とし、権限濫用を背任とする見解。背任罪と横領罪を一般類型・特別類型の関係にあるものと考える見解です。
  • 物の不法領得を横領とし、事務処理者によるその他の任務違背行為を背任とする見解。

(参照 w:背任罪