質権

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ここでは、質権について扱います。

この講座は、民法 (物権)の学科の一部です。

前回の講座は、先取特権、次回の講座は、抵当権1です。

質権とは[編集]

総説[編集]

質権とは、債権者が債務の担保として、債務者または第三者から受け取った物を留置し、被担保債権が弁済されない場合にはその物の交換価値から、他の債権者に優先して債務の満足を受けることができる物権です。またこれにより、被担保債権の弁済を間接的に強制するという効果もあります。

このように質権には、優先弁済的効力があり、また目的物を留置するという留置的効力も認められます。

質権の範囲は、別段の定めがない場合には、元本、利息、違約金、質権実行の費用、質物の保存費用、債務不履行および質物の隠れた瑕疵による損害賠償を担保するものとされており(346条)、同じく約定担保物権である抵当権よりも広範なものとなっています。これは、後順位の担保権者の出現があまり考えられないため、このように広範な範囲について優先権を認めても、取引の安全などを害さないと考えられるためです。

質権には、付従性、随伴性、不可分性(350条・296条)、物上代位性(350条・304条)が認められます。もっとも将来増減する債権の担保のための根質も、根抵当と同様有効と考えられます。

質権の成立[編集]

質権は約定担保物権であり、当事者間で質権設定契約がなされることにより成立します。第三者も、自己所有物の上に債務者の債務のために質権を設定することができ(342条)、これを物上保証人といいます。質権の成立には合意だけでは足りず、質物の占有を質権者に移転する必要があります。すなわち、質権設定契約は要物契約です。

質権の設定には、質権設定者に目的物について処分権を有することが必要です。ただし処分権がないにもかかわらず設定行為がなされた場合にも、即時取得(192条)によって、質権が有効に設定され得ます。占有の移転は、占有改定では足りません。質権者は質権設定者に、自己に代って占有をさせることができないとして、質権設定者による質物の代理占有は禁止されています(345条)。

質権は、譲渡することができない物を目的とすることはできません(343条)。

対抗要件[編集]

動産については占有の継続です。

ここで、動産質権者が質権設定後に質物の占有を失ったときが問題となります。

質権の占有を失った場合、質権者は質権をもって第三者に対抗できません。ただし、質権者が第三者に占有を奪われた場合には、占有回収の訴えによって、その者から目的物を取り戻すことができます(質権に基づく返還請求はできません)。質権設定者によって占有を奪われた場合には、質権に基づいて引渡しを請求することができます。

これに対し、質権者が、質物を自由意志によって質権設定者に返還した場合については、見解が分かれており、以下の主張がされています。

  • 占有喪失により留置的効力が認められなくなり、質権は消滅し、質権に基づく返還請求もできなくなるという見解。
  • 占有喪失により対抗要件を喪失するため第三者には主張できないが、あくまで要物契約性を規定する344条は成立要件であって質権自体が消滅するわけではなく、質権に基づく返還請求は可能という見解。

質権の効力[編集]

質権には、留置的効力と優先弁済的効力が認められます。また、物上代位も認められます。

質権の効力は目的物の全部に及び、また果実については、留置権の場合と同様に質権者がこれを収取し、他の債権者に先立ってその債権の弁済に充当することができます(350条・297条1項)。

質権者は質物の占有につき、善管注意義務を負い(350条・299条2項)、質権設定者の承諾なくして質物の使用、賃貸、もしくはこれを担保に供することはできません。もっとも保存に必要な使用は行うことができます。質権者がこれに違反した場合、質権設定者は質権の消滅を請求することができます(350条・298条3項)。

質権者は質物の必要費について、所有者に償還させることができ(350条・299条1項)、有益費については、その価格の増加が現存する場合に限り所有者の選択に従い、支出した金額または増価額を償還請求することができます。裁判所は有益費について、所有者の請求により相当の期限を許与することができます(350条・299条2項)。

質権についても、先取特権と同様、物上代位が認められます(350条・304条)。

被担保債権が消滅しておらず、質権が設定されている物について、所有者から目的物返還訴訟が提起されたときには、判例・通説によれば、請求棄却の判決が下されることとなります。留置権の場合と同様、引換給付判決が下されるべきとの見解も主張されますが、公平を図るための法定担保物権の場合とは異なるものと考えられています。

質権の実行[編集]

質権には、留置的効力だけでなく優先弁済的効力も認められており、民事執行法の競売によって、目的物を換価し、そこから優先弁済を受けることができます。

また、動産質権者がその債権の弁済を受けないときは、正当の理由がある場合に、鑑定人の評価に従い質物をもって直ちに弁済に当てることを裁判所に請求することができます。この場合には、質権者はあらかじめ債務者にその請求を通知する必要があります(354条)。この、簡易な弁済充当は動産についてのみ認められるものです。

質権設定者は、設定行為または債務の弁済期前の契約において、質権者に弁済として質物の所有権を取得させ、またはその他法律に定める方法によらないで質物を処分させることを契約することはできません。これを流質契約といい、このような契約は、債権者がその有利な地位を利用して不当な利益を得ないために、禁止されているのです。そこで、弁済期到来後に流質契約を締結するのは差し支えなく、また特別法により、商行為によって生じた債権を担保するための質権の場合(商法515条)、質屋である場合(質屋営業法19条)には流質契約の締結も認められています。

転質[編集]

質権者は、その質権の存続期間内において自己の責任でさらに質権を設定することができます(348条前段)。これを転質といいます。転質の法的性質については見解が分かれており、質権ないし質物をさらに質入するものと捉える見解(質権単独質入説)、原質権の被担保債権の質入であり原質権は付従性によって転質の目的になるという見解(債権・質権共同質入説)があります。被担保債権と切り離して、質権ないし質物を単独で質入するという質権単独質入説が通説であり、その中でも、質権を質入するという見解と、質物を再度質入すると捉える見解(質物質入れ説)とが主張されており、質物質入れ説が通説的見解となっています。

質権者が自己の責任で質物を転質することを責任転質といい、質権設定者の承諾を得て転質することを承諾転質といいます。

責任転質は、原質権設定者の承諾を得ることなく、自己の責任において自由にこれを転質することができます。転質が債権額・存続期間などにおいて原質権の範囲を超えたときには、原質権設定者にとって不利な結果を生じることとなり、刑法上は横領罪が成立することとなります。この場合民法上は、転質権者は、原質権の範囲内でのみ権利を行使し得ないものと解されます。

責任転質の場合、質権者は、転質をしたことによって生じた損失については、不可抗力によるものであっても、その責任を負うこととなります(348条後段)。これに対し、承諾転質の場合には、不可抗力により質物が滅失した場合には、責任を負いません。

転質権を実行するには、転質権者は自らの債権のみでなく原質権の被担保債権も弁済期に達していることが必要となります。そして、転質権の実行による売得金よりまず転質権者が優先弁済を受け、次にその残余より原質権者が優先弁済を受けることとなります。

不動産質[編集]

不動産質は、不動産について質権を設定するもので、そのために占有の移転が必要となることに動産と変わりありませんが、対抗要件を具備するためには(特別の規定はないため一般原則通りに)登記が必要となります。

不動産質は存続期間として10年を超えることができないものと定められており、これを超える不動産質権の期間は10年に短縮されます(360条1項)。これは、農地を念頭に、あまり長期にわたってその管理を質権者に委ねることとなると、管理が十分に行われない結果その農地が損なわれるため、このように定められたものと考えられます。

不動産質権者は、当該不動産を使用・収益することができます(356条)が、これが利息などに相当するものと考えられており、不動産の管理費用等を負担することに加えて(357条)、債権の利息を請求をすることができないのが原則と定められています(358条)。もっとも、これらは任意規定であり、設定契約において別段の定めがある場合には適用されません(359条)。

権利質[編集]

質権は、有体物だけでなく、財産権を目的とすることができます(362条1項)。そこで、金銭債権や賃借権、地上権、あるいは株券なども目的とすることができます。有価証券や無体財産権などを目的とする質権については、特別法(会社法や手形法、特許法など)により規定されています。

ここでは、民法において規定される、債権質について扱います。

債権は有体物ではないので、それ自体の引渡しを観念することはできません。従って、動産質などと異なり、物の引渡しが成立要件となるわけではありません。ただし、債権の中でも証書の交付が必要とされているものについては、その証書の交付が必要となります(363条)。

債権には一般に譲渡性が認められるため(466条1項)、質権の目的となり得ます。もっとも、法律上担保とすることが禁じられている債権や、譲渡が禁止されている債権については、質権の目的とはなり得ません。特約により譲渡が禁止されている債権については、特約の存在につき善意である質権者は466条2項但書により有効に質権を取得します。

対抗要件の具備方法は債権の種類によります。これに関しては、債権総論の債権譲渡の講座を参照してください。

債権に質権が設定されると、設定者は質権者のために目的債権を健全に維持する義務を負い、債権の放棄や免除、他の債務との相殺は許されず、それらを行っても質権者に対抗できないものと解されます。また、設定者は債権の取立てもできません。

また、質入された債権の債務者(第三債務者)は、質権設定者や目的債権の譲受人に弁済しても、それを質権者に対抗できません(481条類推適用)。そこで、第三債務者は弁済の目的物を供託して、債務を免れることができる(494条前段の債権者が弁済を受領することができないときに当たる)と考えられます。

質権者は、質権の目的債権が金銭債権の場合、被担保債権の額に相応する部分に限りそれを直接取り立て、被担保債権に充当することができます(366条2項)。また、目的債権が金銭債権でなければ、その債権を直接取り立てることができ(366条1項)、このとき質権はその取り立てた物の上に存続することとなります(366条4項)。目的債権が金銭債権の場合には、被担保債権の弁済期が到来しないうちに目的債権の弁済期が到来した場合、質権者は第三債務者に供託をするよう請求することができ、そのときは供託金還付請求権の上に質権が存続します(366条3項)。これに対して目的債権が金銭債権でない場合には、被担保債権の弁済期が到来していなくとも、直接その債権を取り立てることができます。

(参照 w:質権