無効と取消
これまでにも何度も出てきましたが、ここでは、無効と取消しについて学習します。
この講義は、民法(総則)の講座の一部です。 前回の講義は、法律行為の内容による無効、次回の講義は、代理です。
無効
[編集]無効とは、法律上、行われた法律行為がはじめから効力が発生しなかった(つまり法律行為などない)ものとして扱うというものです。そのため、(発生していたように見える)債権・債務もはじめから存在しなかったのであり、すでに履行していた部分については法律上の理由がなくなされたものであるため、原則として、不当利得の返還として返還されることとなります。
このような、「はじめからなかった」という点を明確にして、原始的無効と言われることもあります。
無効の主張
[編集]無効な法律行為は、はじめから存在しなかったのであり、法律行為の効力を否定するために特別何かしなければならないということはありません。そこで、取消しのように取消の意思表示などといったものは不要であり、当然に無効となるものとされています。
また、無いものを無いというのは誰でも、誰に対しても、いつまででも主張できると考えられています。
ただしこれには例外もあり、94条2項に定められるように、善意の第三者に対しては主張できないなどとされているもののほか、意思無能力による無効は意思無能力者の側からしかできず、錯誤の無効主張は表意者が主張の意思を持つ場合のみ無効が主張されうると考えられています。このような無効は、相対的無効や、取消的無効などと呼ばれます。
無効の主張可能期間に関しては、例外規定は見られませんが、相手方が目的物を時効所得した場合や無効による不当利得返還請求権が時効消滅した場合には、無効の主張により目的物を取り戻すことはできなくなります。
(参照 w:無効)
無効行為の追認
[編集]追認とは、法律行為が有効であるなどと認めることですが、無効な法律行為については追認することは出来ません。
ただ民法では、119条「無効な行為は、追認によっても、その効力を生じない。ただし、当事者がその行為の無効であることを知って追認をしときは、新たな行為をしたものとみなす。」と定めており、無効の法律行為を、無効と知って追認した場合には、新たな法律行為をしたものとして扱われます。
ただし、もちろん新たな法律行為も無効になる場合もあり、追認の時点でもなお意思無能力であるとか、内容が公序良俗に反することなどにより無効とされた場合であれば、その内容が改められていなければ、やはりその新たな法律行為も無効になります。
また、相対的無効となる法律行為に関しては、無効を主張できる者が制限され、主張できる者が無効を主張しない場合には、結局有効なものとして扱われるところ、あえて積極的に追認した場合に、相手方に、119条により無効行為の追認はできないはずであるとの主張を認めたのでは、相対的無効として無効を主張できるものを限定した意味が損なわれるため、119条は適用されないものと考えられています。
無効行為の転換
[編集]無効の法律行為が他の法律行為の要件を満たす場合、当事者の意思に則して、他の法律行為として有効とすることを無効行為の転換といいます。民法の規定では、971条(秘密証書遺言につき、法に定める方式が欠けているとき、自筆証書遺言としての方式があれば自筆証書遺言としての効力を発生する。)がその例として挙げられます。
一般に、法律行為の転換には、無効の法律行為が他の法律行為の要件を満たしていることと、当事者がそれが無効と知っていれば、他の法律行為としての効果を欲したであろうと認められることが必要と考えられています。
ただし、特に要式行為(法により成立には一定の方式によることを要求されている法律行為)への転換について判断する際、厳格に法律行為の要件を満たしていることを要求すると、転換できるものがほとんどなくなってしまうのであり、どこまで厳格に所定の方式によることを求めるか(あるいはどこまでそれを緩和できるか)につき、問題とされています。一定の方式が要求されている趣旨に反しない限り転換を認めてよいとする見解も多く主張されていますが、判例では、簡単には認められていないといえます。転換が判例上認められた場合として、愛人との間に出来た子につき嫡出子として届け出たものに、認知の効力を認めたというものがあります。これに対して、他人の子を嫡出子として届けたものにつき、養子縁組としての効力は認められていません。
取消し
[編集]取消しとは、いったん有効に成立した法律行為を、取消権者の意思表示により遡及的に無効とするものです。民法では、
121条 取り消された行為は、初めから無効であったものとみなす。ただし、制限行為能力者は、その行為によって現に利益を受けている限度において、返還の義務を負う。
と定められています。取消しは、取消権が認められたもの(取消権者)しか行うことは出来ません。
取消しの主張
[編集]取消権の行使は、123条「取り消すことができる行為の相手方が確定している場合には、その取消し又は追認は、相手方に対する意思表示によってする。」により、相手方に対する意思表示によってなされなければなりません。
また、取消しは取消権を有すると定められたものにのみ認められます。120条1項は、行為能力制限違反の行為については、制限行為能力者本人やその代理人、承継人、同意権者に限り取り消すことができるものとし、120条2項では詐欺・強迫による法律行為につき、瑕疵ある意思表示をしたものやその代理人、承継人に限り取り消すことができるものと定めています。
取消し得る行為は、いったん追認すると取り消すことが出来なくなり、その有効が確定します。
また、取消権については行使期間の制限が定められており、126条「取消権は、追認をすることができる時から五年間行使しないときは、時効によって消滅する。行為の時から二十年を経過したときも、同様とする。」により、追認可能となった時(すなわち取消し原因がなくなった時点。例えば詐欺であれば、詐欺に気付いた時)から5年、法律行為の時点から20年で取消権は消滅します。
この規定の解釈については、取消権の行使についてのみ定めたものか、それともその後の目的物の返還(不当利得返還請求)などについても追認可能時点から5年(および行為時より20年)以内にしなければならないとするものか、見解の対立があります。
法律関係を早期に安定させるということからすると、目的物の返還についても126条の制限内にする必要があるとも考えられますが、判例では、取消権の行使につき5年以内にすればよく、それによって生じる不当利得返還請求権は、取消権行使のときから10年以内(167条1項、債権の消滅時効)に行使すればよいとされています。
判例の立場は、取消権の行使がなされればそれにより法律関係は確定するのであるから、126条の趣旨である法律関係の早期安定はそれで果たされるとするものと考えられます。
また、行為能力制限違反に関する取消しでは、その保護者(制限行為能力者の行為を知ったとき)と、本人(行為能力を回復したとき)で、5年の起算点がかなり異なることとなりますが、保護者の取消権が消滅するときに同時に本人の取消権も消滅するものと考えられています。
(参照 w:取消)
追認
[編集]122条 取り消すことができる行為は、第百二十条に規定する者が追認したときは、以後、取り消すことができない。ただし、追認によって第三者の権利を害することはできない。
民法では、以上のように定められており、追認することが出来るものとは取消権を有するものであることとなります。また、追認可能な時期については、
124条1項 追認は、取消しの原因となっていた状況が消滅した後にしなければ、その効力を生じない。
2項 成年被後見人は、行為能力者となった後にその行為を了知したときは、その了知をした後でなければ、追認をすることができない。
3項 前二項の規定は、法定代理人又は制限行為能力者の保佐人若しくは補助人が追認をする場合には、適用しない。
により、追認は取消原因がなくなった後(行為能力制限違反については行為能力の回復後、詐欺であれば詐欺に気づいた後、強迫では強迫が終わった後)に可能なものとなります。なお、124条2項では成年被後見人についてのみ定められていますが、被保佐人や被補助人などについても、取消し可能であることを知った後でなければ追認することはできません。
また、追認により第三者の権利を害することは出来ません。
法定追認
[編集]125条は、「前条の規定により追認をすることができる時以後に、取り消すことができる行為について次に掲げる事実があったときは、追認をしたものとみなす。ただし、異議をとどめたときは、この限りでない。」と定め、その各号において、全部又は一部の履行、履行の請求、更改、担保の供与、、取り消すことができる行為によって取得した権利の全部又は一部の譲渡、強制執行、を挙げています。
つまり、追認可能となった時(取消原因となる状況がなくなった時以降)に、債務の履行や履行請求などをした場合には、例外的に追認の意図はないと異議が留められた場合を除いて、追認がなされたものと扱うこととしているのです。これは、このような行為がなされた以上、相手方はもはや取消されることはないと考えるのが通常であり、そのような相手方の信頼を保護し、また法律関係を早期に安定させて取引安全を図る必要があるためでと考えられます。
なお、このような法定追認が認められる場合には、取消権者が取消権を持っていることを認識していなくとも追認の効果が生じると考えられています。取消権者が取消権があることを認識していない以上、黙示的に追認の意思が表示されたともいえませんが、実際に履行などがなされれば相手方の法律行為の有効な存続に対する信頼は高まり、また実際の履行などによって、それを取消すには費用がより多く必要となるため、取消しを制限する必要性が高く、一方で取消権者については、自らが取消権を持つことを知っておくべきであるのに知らなかったという帰責性もあるといえ、もはや取消しできないという不利益を被っても仕方がないと考えられるのです。
(参照 w:取消#追認)