生命に対する罪

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ここでは、生命に対する罪として、殺人罪、同意殺人・自殺関与罪、過失致死傷罪、堕胎罪等について学習します。これらの規定により保護される生命は、個人法益の中でも最も基本となるものであり、包括的な保護を受けています。

この講座は、刑法 (各論)の学科の一部です。

次回の講座は、身体に対する罪です。

人の始期と終期[編集]

人の始期[編集]

どの時点において人とされるかについて、以下のような見解が主張されています。現在は、一部露出説が通説となっており、また判例もこれによっているものと考えられます。

生存可能性説
母体外において生命を保持する可能性のある胎児は人であるとする。
陣痛開始説
胎児が母体外で生存可能な程度に成熟し分娩の開始した時点、すなわち分離作用の開始時をもって人の始期とする。
一部露出説
胎児の身体の一部が母体より露出した時点をもって人の始期とする。判例・通説の立場である。
全部露出説
胎児が母体から完全に分離した時点をもって人の始期とする。

一部露出説は、独立して直接に侵害の客体になりうる状態に達したならば、人として保護に値すると解すべきということがいわれます。これに対しては、行為の態様によって客体の性質を区別するというのは、論理的におかしいのではないかと批判されます。

また、民法では全部露出説が通説的見解となっていますが、刑法では、人の生命に対する保護が遅きに失するということ、さらに、侵害がなされた場合、どの時点での侵害であるかによって人に対する侵害か、胎児に対する侵害かが変わってきますが、その区別は困難なものとなる(例えば、首を絞めて殺された子がいたとして、それが全部露出前であれば堕胎罪、全部露出後であれば殺人罪となりますが、犯人の自白でもあればともかく、残された証拠から判断するのは困難でしょう。)ということから、支持されていません。

なお、胎児とは受精卵の着床以降をいうものと考えられます。

(参照 w:人の始期

人の終期[編集]

人の終期は死亡であり、死亡によってその身体も死体となり、死体損壊罪などの客体となるにすぎないこととなります。

死亡の時期につき、以下の見解があります。

心臓死説(三徴候説、総合判定説)
呼吸・脈拍の不可逆的停止及び瞳孔散大の三徴候を基礎として総合的に判定する。
脈拍停止説
脈拍の不可逆的停止の時期とする。
脳死説
脳機能の不可逆的喪失の時期とする。

従来は心臓死説が通説的見解でしたが、現在では脳死説も有力に主張されています。また、平成9年に制定された臓器の移植に関する法律(平成9年10月16日施行)では、その6条において、脳死状態にあるものがドナー・カードを有している場合であって、その遺族が臓器の摘出を拒まないとき、または遺族がいないときは、脳死を判定した場合に、「死体(脳死した者の身体を含む)」から臓器を摘出することができる、としています。

(参照 w:人の終期w:臓器の移植に関する法律

殺人罪[編集]

殺人の罪[編集]

殺人の罪は、故意に他人の生命を侵害する犯罪であり、殺人罪(199条)、殺人予備罪(201条)、同意殺人罪・自殺関与罪(202条)に分けて規定されています。

これらの規定の保護法益は、個人の生命です。

なお、殺人の加重類型として、かつては尊属殺人罪(200条)がありましたが、平成7年の刑法改正時に他の尊属関連の加重規定と共に削除されました(尊属殺人罪の法定刑は、最高裁において憲法14条1項に反するとして無効と判断されていました(最大判昭和48年4月4日、刑集27巻3号265頁))。

また刑法以外の特別法では、人質殺害罪(人質による強要行為等の処罰に関する法律4条)や組織的殺人罪(組織犯罪処罰法3条1項3号、2項)などの規定がありますが、諸外国と比較すると日本の殺人に関する規定は単純な構成となっており、(同意によらないものは)殺人罪として包括的に規定され、それ以上の類型化はされず、法定刑は5年以上の懲役、無期懲役、または死刑と、幅の広い法定刑を定めて具体的事情に応じて裁判所が刑を決めることとなっています。

(普通)殺人罪[編集]

客体
本罪の客体は、行為者を除く自然人であり、自殺は本罪の対象とはなりません。自然人の始期と終期については上記のとおりです。
行為
有形的方法(物理的方法)であると無形的方法(心理的方法)であるとを問いません。また自ら行う必要はなく間接正犯による場合でも成立します(つまり自手犯ではありません)。不作為による殺人も認められます。
故意
客体に関しては、単に人であるとの認識があれば足ります。
既遂時期
被害者の死亡によって既遂に達します。一方未遂の時期は、殺人の実行の着手、あるいは他人の生命を侵害する現実の危険を惹起した時などとなります(説によります。刑法総論で学びます。)。
罪数
個々の客体ごとに罪数の評価がなされ、被害者の数に応じて数個の殺人罪が成立して観念的競合となります。これは、個人の生命は一身専属的であり、各個人の生命はそれぞれ独立した価値を持つためです。

殺人予備罪[編集]

殺人の実行を目的としてなされる準備行動であって、実行の着手に至らない行為を言います。殺人予備罪は目的犯であり、殺人の目的で準備をすることが必要です。例えば殺人のための包丁購入であれば本罪に該当し得ることとなりますが、もちろん野菜を切るための包丁購入であれば本罪には該当しません。殺人という基本的構成要件を修正ないし拡張して作られた構成要件です。

ここで、目的は自己が殺人を行う目的であるという、自己予備罪に限られるか、あるいは他人に殺人を行わせる目的で予備を行う他人予備も本罪に当たるかについては、見解の対立があります。

肯定するものとしては、裁判例(東京高判平成10年6月4日)があります。否定する見解は、殺人という基本構成要件を修正・拡張したものであり、また201条の「第199条の罪を犯す目的で」との文言から、自己予備罪に限られると主張します。

本罪の行為であるか否かは、外形から客観的に確定するのは困難であり、目的の存在を前提として犯罪の遂行に実質的に役に立つ行為と言えるかどうかから判断しなければならないこととなります。また目的については、単に漠然と準備行為を認識するだけでは足りず、具体的に殺人を遂行するという目的を必要とします。ただこの目的は、確定的なものである必要はなく、条件付きの目的や未必の目的でも足ります。

(参照 w:殺人罪

同意殺人罪・自殺関与罪[編集]

同意殺人罪[編集]

同意殺人(嘱託殺人・承諾殺人)とは、被殺者の嘱託を受け、またはその承諾を得て殺す行為を内容とする犯罪です。

客体
本罪の客体は殺されることに同意したものです。そのためには、同意することができることが必要です。
行為
被殺者の嘱託を受け、あるいはその同意を得てこれを殺すことです。
故意
普通殺人罪と同様、殺害行為についての故意は当然必要ですが、同意についての認識も必要であるか否かについては、見解の対立があります。

自己を殺すことについての嘱託や承諾は被害者の同意に準じたものであり、それが存在すると認められる要件も、被害者の同意と同様のものとなります。これについては、刑法総論の被害者の同意も参照してください。

なお、決闘が行われる場合には、決闘殺人罪(決闘罪に関する件3条)が成立し、同意殺人とはなりません(大阪高判昭和62年4月15日)。

同意についての錯誤[編集]

嘱託や承諾がないのにあると誤信した場合、殺人罪と本罪とは構成要件的に重なり合うため、38条2項により本罪が成立すると考えられます。

同意があるのにないと誤信した場合については、以下のような見解が主張されています。

  • 本罪と殺人未遂罪とが成立し、本罪が重い殺人未遂罪に吸収されるとする見解
  • 構成要件的に重なり合うことから、抽象的事実の錯誤として、軽い同意殺人罪の罪責を問うべきとする見解。

自殺関与罪[編集]

自殺関与罪は、意思能力のある者を教唆して自殺させ、または自殺行為を幇助して自殺させることを内容とする犯罪です。

客体
自殺は自らの自由な意思決定に基づき自己の生命を断つことを言うため、自殺の意味を理解し、自由に意思決定をする能力を有するものでなければそもそも自殺と認められず、本罪の客体とはなりません。なお能力を欠く場合には、間接正犯としての殺人罪に問われることとなります。
行為
教唆によって自殺意思を起こさせるか、自殺意思のある者の自殺を幇助することです。他人の自殺行為に直接手を貸した場合(殺人の実行行為に相当する行為を行った場合。例えば毒入りの酒を飲ませた場合など。)には、自殺の幇助ではなく同意殺人となります。もっとも、同じ条文で規定されていることもあり、同意殺人と自殺関与との区別についての細かな議論は、実益がないとも指摘されています。

なお、そもそもの自殺の性質についても見解は分かれており、自殺は違法ではあるものの可罰的違法ではないと考える見解などが主張されています。

自殺関与罪の未遂[編集]

自殺関与罪は、被教唆者・被幇助者が自殺を遂げたことにより既遂となり、また教唆・幇助により本人が自殺行為を行ったが死ななかったときには未遂となります。

これに対して、自殺の教唆・幇助を行ったが、本人が意を翻して自殺行為を行わなかった場合については、未遂を認める見解と、未遂を否定する見解の両説が主張されています。なおここは、共犯の従属性の議論とは完全には一致していません。

未遂の成立を認める見解は、本罪の教唆・幇助は、それ自体が自殺へと駆り立てる危険な行為として独立に処罰されるものであると言うことを根拠として主張します。これに対して、未遂の成立を否定する見解は、生命侵害が処罰の根拠である以上、生命への現実的危険があって初めて未遂成立となり、また、同意殺人や殺人との均衡上も、自殺行為への着手などがあって未遂成立と解すべきであると主張します。

欺罔などによる同意・自殺[編集]

殺人に対する同意や自殺の意思を、欺罔などにより生じさせた場合が問題となります。これについては被害者の同意と同様に考えられています。

刑法総論の被害者の同意の講座を参照してください。

(参照 w:自殺関与・同意殺人罪

堕胎罪[編集]

堕胎の罪[編集]

堕胎の罪は、自然の分娩期に先立って人工的に胎児を母体から排出・分離させることを内容とする犯罪です。なお、胎児殺も含まれると考えられます。

また堕胎罪自体は、胎児や母体の生命・身体に対する侵害の発生を要件とするものではなく、具体的危険犯であると考えられます。判例(大判明治42年10月19日、刑録15巻1420頁)では、これを危険犯としています。

本罪の保護法益は、一次的には胎児の生命(や身体の安全)であり、二次的には母体の生命・身体の安全であると解されます。これは、結果的加重犯として母親に致死傷の結果が発生した場合を重く処罰していることによります。

もっとも、母体保護法(旧優生保護法)によって、母体の生命・健康を保護するという観点から、妊娠の継続または分娩が身体的または経済的理由により母体の健康を著しく害する恐れのあるもの、暴行もしくは脅迫によって、または抵抗もしくは拒絶することができない間に姦淫されて妊娠したものについての、生命保続可能性がない期間の堕胎は法令上の違法性阻却事由に当たる(母体保護法14条1項)とされています。そして、母体保護法にいう経済的理由とは、本来は単なる貧困というのではなく、貧困により母親の健康が害される可能性を必要とする(つまり治療的堕胎である)のですが、その判断は医師が行うものとされ、また医師には調査・確認義務は課されていないことから、現在では堕胎は事実上完全に自由化され本人の申し出があれば妊娠中絶手術ができることとなっており、堕胎罪が適用される裁判例というのは、現在ではほとんどありません。

堕胎罪の類型としては、堕胎罪(212条)、同意堕胎罪(213条前段)、同意堕胎致死傷罪(213条後段)、業務上堕胎罪(214条前段)、業務上堕胎致死傷罪(214条後段)、不同意堕胎罪(215条1項)、不同意堕胎罪の未遂罪(215条2項)、不同意堕胎致死傷罪(216条)が定められています。

(自己)堕胎罪[編集]

堕胎罪は、堕胎に関する基本的な犯罪であり、他と区別して自己堕胎罪とも言われます。

本罪の主体は妊娠中の女子、つまり妊婦自身です。そのため、本罪は身分犯とされます。

妊婦が他の者と共同して堕胎施術を実施した場合については、共同正犯となり、妊婦には本罪が、他の者には同意堕胎罪が適用されるとした裁判例(大判大正8.2.27. 刑録27-257)があります。

もっともこれに対しては、共同して堕胎を実施した場合や他人に堕胎を施術させた場合、妊婦については「その他の方法」による堕胎として本罪のみが適用され、あえて共同正犯として60条を適用する必要はないとの見解も主張されます。

同意堕胎罪[編集]

同意堕胎罪(213条前段)は、女子の嘱託を受け、またはその承諾を得て妊婦以外の者が堕胎することをいいます。本条にいう「堕胎させた」とは、妊婦以外の行為者が堕胎することを言い、妊婦自身に堕胎行為をさせた場合には、自己堕胎罪の幇助ないし教唆となり、同意堕胎罪ではありません。

堕胎行為によって妊婦を死傷させたときは、同意堕胎致死傷罪(213条後段)となります。もっとも、堕胎に通常随伴する創傷は堕胎行為の中に含まれるため、ここで言う致傷には含まれません。

堕胎が未遂にとどまった場合、同意堕胎致死傷罪が成立するか否かについては見解の対立があり、堕胎行為は母体にとって健康の損傷を随伴するものであり、その危険は未遂にとどまったかどうかにかかわりなく存在するため、同意堕胎致死傷罪の成立を認めてよいとする見解と、同意堕胎罪の未遂は不可罰である以上、その致死傷罪が成立するには堕胎が既遂に達したことを必要とすることや、また規定の文言上同意堕胎致死傷罪の成立を認めるのは無理があることから、堕胎が未遂に留まる場合には同意堕胎致死傷罪の成立は認められないとする見解があります。

後者が現在の通説的見解とされますが、前者に立つ古い判例(大判大正13年4月28日)があります。

業務上堕胎罪[編集]

業務上堕胎罪(214条前段)は、医師、助産師、薬剤師または医薬品販売業者が女子の嘱託を受け、またはその承諾を得て堕胎させることによる罪であり、同意堕胎罪の加重類型です。その結果妊婦を死傷させた場合には、業務上堕胎致死傷罪(同条後段)となります。

不同意堕胎罪[編集]

不同意堕胎罪(215条1項)は、妊婦の同意を得ないで堕胎することを内容とする犯罪です。未遂も処罰されます(同条2項)

不同意堕胎致死傷罪(216条)は、不同意堕胎罪とその未遂罪の結果的加重犯であり、傷害の罪に比較して、「重い刑により」処断されます。この「重い刑により」との意味は、一般的には上限・下限の双方について比較し、それぞれの重い方によるものと解されています。

胎児性致死傷[編集]

胎児性致死傷とは、胎児に有害作用を及ぼして、その結果として傷害を有する人を出生させ(胎児性傷害)、あるいはその傷害のために出生した人を死に至らしめることを言います。刑法上、胎児に対する侵害については堕胎罪のみしか規定されておらず、これらの場合にどのように扱うかにつき問題となります。これに関して以下のような見解が主張されます。

  • 刑法は堕胎の罪によって胎児の生命を独立に保護している以上、実行行為時に胎児であったものについては、人に対する罪は成立せず、堕胎の罪以外に犯罪が成立する余地がないとする見解。現在の多数説。
  • 侵害行為の作用が出生した以後における人に継続して及んでいる場合に限り、人に対する罪を構成するとする(作用必要説)。
  • 胎児は母体の一部であるから、胎児に傷害を加えることは人(母体)に対する傷害とする(母体一部傷害説)。
  • 正常な子供を出産するという母体の機能を害するという意味において母体に対する傷害とする(母体機能障害説)。
  • 人に傷害・死亡の危険性を有する行為をし、その結果人に致死傷を生じさせた以上、その作用が胎児に及んだか人に及んだかは関係なく人に対する罪が成立するとする(作用不問説)。

判例(最決昭和63年2月29日、刑集42巻2号314頁)は、胎児に病変を発生させることは、人である母体の一部に対するものとして、人に病変を発生させることに他ならない。そして胎児が出生し人になった後、右病変に起因して死亡するに至った場合は、結局、人に病変を発生させて人に死の結果をもたらしたことに帰するから、病変の発生時において客体が人であることを要する立場を採ると否とに関わらず、業務上過失致死罪が成立すると判示しており、これは母体一部傷害説に立ったものと解されています。

胎児性致死傷の問題は、薬害や公害による被害の発生に対して、その行為の当罰性を考慮して可罰化を図る解釈論が展開されましたが、現行法が胎児を母体から独立に堕胎の罪によって保護していることに矛盾すること、誤って母体内で胎児を死に至らしめた場合は過失堕胎として不可罰となるのに対し、傷害の程度がそれより低く、生きて出生したときには過失傷害などで処罰することとなると、不均衡を生じることなどから、現在では堕胎以外については成立する余地がないとする見解が多数となっており、立法的解決が必要であるなどと言われています。

なお上の作用必要説については、傷害は通常出生後も何らかの形で作用し続けるものであり、実質的に作用不問説と異ならないことや、犯罪の成立には作用があればよいというものでもないということ、母体機能障害説については、一般に母体の機能を害した結果として胎児性傷害が生じるわけではなく、妥当でないということ、作用不問説については、胎児を人と解する類推解釈であり罪刑法定主義に反するということ、なども指摘され、それぞれ批判されています。

排出された胎児の法的地位[編集]

胎児が母体から排出された場合において、その胎児に人としての生命現象が認められる一方で生育可能性がない場合、その胎児の地位について、以下のような見解が主張されています。

  • 人としての生命現象が認められる以上、人としての保護がなされ、ただ、延命可能性が低い場合には、不作為による侵害については、作為義務が否定されて殺人罪・保護責任者遺棄罪などの成立が否定されるとする見解。
  • 人工妊娠中絶が可能な時期(生命保続可能性が認められない時期)の胎児は、生きて母体外に排出されたとしても人として保護される段階にまで至っていないとする見解。

判例(最決昭和63年1月19日 刑集42巻1号1頁)では、医師が満26週に入った胎児を堕胎し、そのまま放置したという事例について、業務上堕胎罪と保護責任者遺棄致死罪の成立を認めました。これは、少なくとも生育可能性のある胎児であれば人としての保護がなされると判断したものと解されます。

もっともこれに対しては、はじめから堕胎のつもりで堕胎を行った医師に保護責任が認められることを疑問とする見解や、堕胎行為と一連のものとして行われた侵害行為であれば、犯罪の成立は堕胎罪の限度とするのが妥当との見解も主張されます。

(参照 w:堕胎罪