表見代理

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表見代理(ひょうけんだいり)とは、たとえ代理権を有効に持たない者の代理行為(つまり広義の無権代理)であっても、有効に権限を持っているような外観をしていた場合に、一定の条件のもと本人に効果を帰属させることを認める制度です。ここでは、この表見代理につき扱います。また、代理制度については、代理の講座も参照してください。

この講義は、民法(総則)の講座の一部です。

前回の講義は、無権代理、次回の講義は、条件と期限です。

表見代理とは[編集]

無権代理の中でも、代理権を有効に持っているようにみえ、相手方が正当にそれを信頼したのであれば、その信頼を保護し取引の安全を守る必要があると考えられます。前回の講座で扱ったように、無権代理人に対してその責任を問うこともできますが、やはり契約通りの履行がなされるのが最も望ましく、また無権代理人に対して損害賠償などの請求がなしうるといっても、実際には無権代理人の資力が十分にない場合も多くあります。そして本人側に、無権代理人が代理権を持っているかのような外観を持ったことにつき、何らかの帰責性が認められるのであれば、本人に効果の帰属を認めても許容されるものと考えられ、表見代理の制度が定められています。これは、虚偽の外観を作出した者に対して、権利の外観を信頼して取引に入った者を保護すべきという、権利外観法理(表見法理)の表れの一つとされています。

表見代理として認められる場合には、無権代理人が行った法律行為について、有効に代理権が存在したかのように本人にその効果が帰属することとなります。なお、表見代理が成立するといっても、無権代理であることは変わりはなく、相手方および本人は無権代理の他の効果を主張することも出来、例えば相手方は、催告や契約の取消しをしたり、無権代理人に対して責任を追及することも出来ます。無権代理人は、相手方からの履行請求や損害賠償請求に対して、表見代理の成立をもって117条の責任を免れることは出来ないとされています(最判昭和62年7月7日)。本人は表見代理が成立する場合にも、代理行為を追認することができますが、追認拒絶をしても相手方からの表見代理による請求を拒むことはできません。また、本人も、表見代理を主張して無権代理の規定による相手方の主張(例えば契約の取消し)を否定することは出来ないと考えられています。

なお、実際に裁判上表見代理の成立が確定した場合には、有権代理と同様の効果が生じるため無権代理の効果は認められなくなります。

表見代理とされるものとして、代理権授与表示による表見代理(109条)、権限外の行為の表見代理(110条)、代理権消滅後の表見代理(112条)が規定されており、それらの重複による重畳類型も表見代理となるものと認められています。

代理権授与表示による表見代理[編集]

代理権授与表示による表見代理とは、代理権を授与していないにもかかわらず代理権を授与したという表示を本人が行い、それを相手方が信頼して法律関係に入った場合のものを言います。民法では、109条において以下のように定められています。

109条 第三者に対して他人に代理権を与えた旨を表示した者は、その代理権の範囲内においてその他人が第三者との間でした行為について、その責任を負う。ただし、第三者が、その他人が代理権を与えられていないことを知り、又は過失によって知らなかったときは、この限りでない。

これによる表見代理が認められるためには、自称代理人の代理行為の以前に、本人が相手方に対して当該行為を行う代理権を自称代理人に与えた旨の表示がなされる必要があります。表示は、明示的なものでも黙示的なものでもかまわないとされています。

また、代理権表示があったといえない場合でも、本人が自己の名義を使用することを他人に許した場合には、109条の趣旨から本人の表見代理責任が認められています(最判昭和35年10月21日)。この場合、本人は自己が効果を引き受けると思われる表示をすることで、代理権授与表示がなされた場合と同様に扱ってよいと考えられます。

ただし、相手方が自称代理人に代理権がないことにつき、悪意または過失がある場合には、本人は責任を免れることとなります。

白紙委任状[編集]

109条や、また下記の110条(越権代理)に関連して、白紙委任状の交付とその濫用が問題となります。白紙委任状が交付される場合には、代理人には何らかの代理権が認められる場合が多いですが、一方で多くの場合、空白に好きなことを書いてよい、というわけではなく、(確定していないため記入はされていないものの)一定範囲の者に、一定範囲の相手方に対して、一定範囲の事項について代理させるという趣旨のものです。

そのため、予定外の事項が記入されたり予定外のものがそれを入手して代理行為を行った場合には、無権代理となりますが、通常、委任状の所持者にはそこに定められた事項について代理権があると考えられるため、表見代理の成否が問題になることとなります。

判例では、委任事項欄について顕著な濫用がなかった場合、代理権授与表示を認めて相手方が109条により保護されるということが多いです。本人は、自らの交付した白紙委任状によって代理行為が行われる以上、責任を負う基礎はあり、委任事項欄に顕著な濫用がなかった場合には、本人が当初覚悟していたものとさほど変わらない結果が生じるのであるから、本人保護の必要性はそれほど大きくないといえます。

これに対して、委任事項欄について顕著な濫用があった場合には、本人は考えてもいなかった重い負担を負うことにもなり、(濫用の危険性が高い)白紙委任状を交付した点に帰責性は認められ得るものの、保護の必要性も高いと考えられます。そこで、判例では、相手方の過失などを認定したり、代理権授与表示の存在を否定して、表見代理の成立を否定する例が多いといわれます。ただし、代理権授与表示の存在を否定した判例(最判昭和39年5月23日)には批判もなされています。

権限外の行為の表見代理[編集]

権限外の行為の表見代理(越権代理)とは、ある事項につき本人を代理する権限を持つものが、その権限外の行為まで代理として行い、それが権限内のものと相手方が信頼して法律関係に入った場合のもので、民法では、以下のように定めています。

第110条 前条本文の規定は、代理人がその権限外の行為をした場合において、第三者が代理人の権限があると信ずべき正当な理由があるときについて準用する。

これによると、相手方が保護されるためには、無権代理行為をした者が当該法律行為以外の何らかの事項について代理権(これを基本代理権と呼びます)を有していること、および、相手方がそれを信じたことについて正当な理由があることが必要となります。

基本代理権[編集]

権限外の行為の表見代理が認められるためには、判例では、無権代理行為をしたものが何らかの法律行為をするための代理権を持っていることを要するとしており(最判昭和35年2月19日など)、これは、110条の「その権限外」という文言と、表見代理により法律行為の効果を帰属させるという責任を負わせるからには、本人が権限外のことをするような代理人に、法律関係の変動を任せる(端的にいえば、ろくでもない代理人に法律関係を変動させるような重要なことを任せてしまった)という程度の帰責性は必要であると判断しているものと考えられています。

しかし、このような考え方には批判もなされています。些細な法律行為もある一方で、一般に重要と見られる事実行為もあり、110条の権限を本人のために対外的行為をする権限と解して、法律行為であることまで要求するべきでないとの見解(基本権限説)も主張されています。

また判例(最判昭和46年6月3日)でも、登記申請行為の代理権を一定の場合には基本代理権と認めてよいとして、単なる公法上の行為についての代理権は民法110条の規定による表見代理の成立の要件たる基本代理権に当たらないと解すべきであるとしても、その行為が特定の私法上の取引行為の一環としてなされた場合には、基本代理権と認められると判示しており、これは基本代理権があることという要件を緩和したものとも考えられています。

さらに、基本代理権として法定代理権でもよいかどうかについては、見解が分かれています。法文上は任意代理の場合に限定しているわけではなく、その点では相手方の信頼保護や取引安全の観点からすると、法定代理権であってもよいとも考えられます。しかし一方で、本人の意思により代理権を与えたという帰責性を重視する立場からは、本人の意思に基づかない法定代理人については110条による表見代理の成立が否定される(あるいは相手方が保護されるための要件が厳しくなる。正当な理由を厳格に判断するなど。)ということになります。

夫婦の日常家事代理権
761条では、夫婦の一方が日常の家事に関して第三者と法律行為をしたときは、他の一方は、これによって生じた債務について、連帯してその責任を負うものと定められており、これは日常の家事に関して相互に代理権を与える規定であると考えられています。判例では、761条の日常家事代理権を基礎として110条を直接適用すると、およそあらゆる法律行為について基本代理権が認められうることとなってしまい、民法の定める夫婦別財産制に反し、761条において代理権を日常の家事に限定した意味がなくなるため、110条を類推適用して、相手方に夫婦の一方の行為が日常の家事に関する法律行為の範囲内に属すると信じるにつき正当な理由のあるときに限り、相手方の信頼が保護されるとしています。
これについては、家族法の講座も参照してください。

正当な理由[編集]

まず、第三者とは、無権代理行為の直接の相手方をさす(最判昭和36年12月12日)とされています。そのため無権代理行為の目的物・目的となった権利の転得者は含まれません。代理において第三者というと代理の相手方であり(99条2項や109条など)、転得者の保護されるべき信頼は、無権代理人が代理権を有効に持っていることではなく前主が目的物や目的となる権利につき権利を有することであるから、とされています。そのため、転得者の保護は無権利者と権利取得行為をしたものについての問題として扱われることとなります。

そして、正当な理由とは、判例によれば代理権の存在を相手方が信じたことに過失がなかったこととされています(最判昭和35年12月27日)。ここでは、相手方の信頼が保護に値するものであるということを要求するのが、110条のいう正当な理由であり、それは権利外観法理による信頼保護制度一般と同様に、相手方の善意無過失を意味するものとしているのです。

そこで判例では、正当な理由に該当するかどうかにつき、まず代理権の存在を推測させる徴憑(例えば実印や印鑑証明書、委任状などの所持)があれば正当な理由があるものとし、ただし何らかの不審な事情があるにもかかわらず相手方が調査・確認を怠った場合には相手方には過失があり、正当な理由はないものと判断しています。

不審な事情としては、委任状などの徴憑に不自然な点がある場合(改竄の痕跡がある場合や捺印が三文判である場合など)や取引の経緯に不自然な点がある場合、法律行為の内容に疑わしい点がある場合(自称代理人の債務を保証する契約など、代理人のために本人に負担を負わせる契約や、通常他人任せにしないような重大な契約など。)、代理人に疑念性がある場合(同居親族による実印等の所持や使用など。実印等の入手が容易で濫用が疑われるべきとされます)などがあります。

また一般的に、相手方が専門家や事業者(例えば金融機関など)である場合には、正当な理由ありと認められるためにはより高度な調査・確認が求められるものと考えられます。

これに対して、相手方により高度の調査・確認義務を課す(本人に調査確認する必要が全く認められないような場合を除いて、調査・確認すべきとする)との見解や、正当な理由を、本人の帰責性や相手方の過失などから、本人を保護すべき事情と相手方を保護すべき事情とを総合的に判断して表見代理の成否を決定するための要件と解する見解も主張されています。

代理権消滅後の表見代理[編集]

代理権消滅後の表見代理(滅権代理)とは、ある事項につき本人を代理する権限を持っていたものが、その代理権の消滅後もなお代理人と称して行動し、それを相手方がまだ代理権を有効に持つものと信じて法律関係に入った場合をいうものであり、民法では、以下のように定められています。

112条 代理権の消滅は、善意の第三者に対抗することができない。ただし、第三者が過失によってその事実を知らなかったときは、この限りでない。

これによると、相手方が保護されるためには、自称代理人が過去に代理権を有していたことと、代理権が消滅していたことにつき善意無過失であることが必要となります。

ここで、相手方が過去に存在した代理権が存続していると信じたということまで必要であるかどうかが問題となります。判例ではこれを不要としており、相手方に代理権があると信じる正当の理由があれば、表見代理が認められるとしています。しかし、このように考えると112条は109条の場合と異ならないこととなり、本人が無権代理人について代理権授与表示をした場合(109条)と、過去に代理権を与えたことがあった場合(112条)とが同視されることともなりますが、本人の帰責事由としてみればこの両者は同視しがたく、また相手方について見ても、過去にその無権代理人が代理権を受けたことがあるという予期せぬ理由により保護される必要はないとして、過去に代理権を持っていたことを相手方が知っており、それにより代理権を有効に持つものと信頼を与えることとなったこと(例えば過去に取引関係にあったなど)が必要であるとの主張もなされています。

この112条についても、法定代理につき適用されるかどうか問題となりますが、判例・通説では、法定代理への適用も肯定しています。ただし、権限外の行為の表見代理の場合と同様、本人に帰責性が認められないとしてこれを疑問視する見解も主張されています。

主張・立証責任[編集]

条文の規定の仕方からすると、109条の代理権授与表示による表見代理では、相手方は表見代理の成立には、自らの善意や無過失の主張をする必要はなく、これに対して成立を争う本人が相手方の悪意または過失(つまり但書に該当すること)を立証しなければならないこととなり、一方112条の代理権消滅後の表見代理であれば、相手方が自らの善意を主張して表見代理の成立を主張するのに対して、本人が相手方の過失を立証することとなります。そして、110条の権限外の行為の表見代理では、相手方が正当な理由があること、すなわち(判例の立場によれば)自らの善意無過失を主張・立証して、表見代理の成立を主張しなければならないこととなります。

しかし、このような立証責任の分配に対しては、異論も主張されています。

(参照 w:代理#表見代理