行政裁量

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ここでは、行政裁量について扱います。

この講座は、行政法の学科の一部です。

行政裁量とは[編集]

行政裁量とは、法律が、行政機関に独自の判断余地を与え、一定の活動の自由を認めている場合をいいます。立法者が起こりうるあらゆる事態を想定し、それらについてとるべき具体的措置をあらかじめ定めておくことは困難であり、このような行政裁量をなくすことは現実的には不可能といえます。そこで、これをいかにコントロールするかが問題となります。

行政裁量は、法律がその執行者である行政機関に対し、独自の判断の余地を認めた場合に認められます。この意味で、行政裁量は立法権と行政権の機能分担に係る問題です。また、行政裁量の範囲内にあるのであれば、行政機関の当該行為は当・不当の問題となることはあっても適法・違法の問題となるものではなく、司法審査の及び得ないものと考えられます。この点では、行政権と司法権の機能分担に係る問題でもあるといえます。

行政裁量は、従来行政行為との関係で考えられてきましたが、行政行為以外の行為形式、例えば行政立法や行政計画などにおいても行政裁量は存在しており、またその重要性が現在では認識されています。

行政事件訴訟法30条は、裁判所は裁量処分について、裁量権の逸脱・濫用があった場合にのみこれを取り消すことができるものと定めています。

行政裁量の構造[編集]

古典的には、行政行為について、その要件・内容につき法令が一義的に定める覊束(きそく)行為と、法令が行政庁の判断にゆだねている裁量行為とにまず二分し、後者につき、さらに法規裁量(覊束裁量)行為と自由裁量(便宜裁量)行為とに区分していました。

そして、覊束行為は行政が法律に全面的に拘束されており、裁判による審理の対象となり、また法規裁量とは、何が法であるかの裁量であり、一見裁量があるように見えるものの実は裁量ではなく、したがって裁判所の審理に服するものとされました。これらに対し、自由裁量は、何が行政の目的で、公益に適合するかの裁量であり、当・不当の問題は生じても違法の問題は生じるものではなく、裁判所の審査対象となるものではないとされたのです。

そして、ここにいう自由裁量がどのような場合に認められるかについて、要件裁量説(佐々木惣一説)と効果裁量説(美濃部達吉説)の対立がありました。要件裁量説は、法定要件の解釈・当てはめの段階に裁量を見出すものであり、法律が要件を定めていない場合や、要件を公益のため、などといった程度に抽象的な目的という形で定めている場合に、自由裁量を認めました。これに対し効果裁量説は、法定要件の認定に対する裁量を否定する一方で、自由裁量が認められるか否かは処分の性質により判定されるとして、国民の権利・自由を制限する処分については自由裁量を否定し、国民の権利・自由と無関係な分野や、国民に権利・利益を与える処分は原則として自由裁量としました。

しかし、現在では、行政事件訴訟法30条の規定にもあるように、たとえ自由裁量行為であっても裁量権の逸脱・濫用があるか否かについては裁判所の審査が及び、逸脱や濫用が認められれば裁量処分も取消されることとなります。そこで、およそ司法審査の及ばないという意味での自由裁量のカテゴリーは現在では認められていません。また、一般的に要件裁量があることも認められており、例えば判例(最大判昭和53年10月4日民集32巻7号1223頁(マクリーン事件))では、「出入国管理令21条3項に基づく法務大臣の「在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由」があるか同化の判断についてみれば、右判断に関する前述の法務大臣の裁量権の性質にかんがみ、その判断が全く事実の基礎を欠き又は社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかである場合に限り、裁量権の範囲を超え又はその濫用があったものとして違法となる」としています。

判断基準[編集]

審査の程度[編集]

以上のように行政裁量の区別が相対化されたことにより、もはや裁量と覊束とのカテゴリーによる区別は困難であり、裁判所の審査の密度がどの程度であるかということが問題となります。また、判断の基準として、どのような基準によって逸脱ないし濫用があるものと判断するかも問題となります。

まず、行政裁量の司法審査のあり方としては、問題となっている法律の規定の仕方や、司法審査の基準・方法の形成状況、法的救済の必要性の度合い、政策的ないし専門技術的判断の程度によって、どの程度裁判所が行政の判断を尊重すべきものかか決められるものと考えられます。

考慮される要素[編集]

裁量権逸脱・濫用の有無について判断基準となるものとしては、以下のようなものがあります。

事実の誤認
ある行政機関の行為が事実の誤認に基づいている場合、すなわちその判断が全く事実の基礎を欠く、ないし重要な事実の基礎を欠くような場合には、その行為は違法なものと考えられます。
目的拘束の法理
裁量は、それを授権する法律の趣旨・目的に沿って行使されなければならず、それに反する目的でなされた裁量の行使は裁量権の範囲を逸脱・濫用するものとして違法となると考えられます。判例(最判昭和53年6月16日)は、児童遊園施設の周囲一定距離においては風俗営業等が規制されることを利用して、個室付浴場業の規制を主たる目的として児童遊園設置の認可申請を容れた処分について、違法性があるとしています。
行政上の一般原則
憲法上の原則や条理、社会通念上の諸原則である、信義則や平等原則、比例原則等の違反が認められる場合には、当該行政の裁量の行使は裁量権の範囲を逸脱あるいは裁量権を濫用したものとして、違法なものとなると考えられます。
判断過程
判断の結果だけでなく、判断過程から裁量の行使が違法と判断されることがあります。これは、行政機関が裁量を行使する際に、考慮すべきことを考慮せず、あるいは考慮べきでないことを考慮すること、またその考慮において認識や評価を誤り、合理性を持つものとして許容される限度を超えた考慮をした場合には、当該裁量の行使を違法とするものと考えられます。このような審査方法をとった判例としては、信仰上の理由により剣道実技の履修拒否をした公立高等専門学校の学生につき、学校長が原級留置および退学処分をした際、代替措置を検討すべきであったのにしなかったことをあげて、当該処分を違法としたもの(最判平成8年3月8日(「エホバの証人」剣道実技拒否事件)があります。

(参照 w:行政裁量