行政指導

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ここでは、行政指導について扱います。

この講座は、行政法の学科の一部です。

行政指導とは[編集]

総説[編集]

行政指導は、行政機関が国民や他の行政体などに働きかけ、そのの同意ないし合意を前提として行政目的を達成しようとする行為であり、行政が相手方を説得して何らかの作為や不作為を求めるという事実行為です。そのため、これに従って相手方が何らかの行為をしたとしても、それはその本人が自発的に行ったものであって、当該個人の権利を制約する、あるいは義務を課すといった法的現象はなく非権力的行為であり、伝統的には、行政指導は法的には無であるとして、考察の対象とはされていませんでした。

しかし、現実の行政過程における行政当局と私人との関係では、権力を持つ行政との不均衡・不平等の関係の中では、しばしば不本意ながら行政指導に従わざるを得ないという実態があり、このような状態が、あくまで自発的な行為であるとして放置されれば、法律による行政の原理の目的が事実上損なわれる可能性があります。そこで、私人の自発的行為の名のもとに法治主義が実質的に空洞化してしまう危険に対処するため、行政指導を一つの行為形式と認めた上でその適切な運用を確保するため、必要な規律をしていくことが考えられるようになりました。

行政指導について今日では、行政手続法2条6号がその定義をしており、ここでは、行政機関がその任務または所掌事務の範囲内にいて一定の行政目的を実現するため特定の者に一定の作為または不作為を求める指導、勧告、助言その他の行為であって処分に該当しないものをいうと定めています。

すなわち、行政指導であるためには、組織法上の根拠があること、一定の行政目的の実現を目指すものであること、特定人に向けられたものであること、相手方の任意を前提とすること、が必要と考えられます。

法律によって制度化された行政指導もあり、例えば大規模小売店舗立地法や国土利用計画法などにおいて行政指導が法律上定められています。

行政指導の分類[編集]

私人に対する行政指導はその機能により、以下のように分類されます。

助成的行政指導
これは、行政機関が私人に対して、その福祉の向上などを目的として知識や情報を提供するものです。児童相談所や保険所が児童や妊産婦の福祉・保健に関して行う指導(児童福祉法12条2項など)や、農家に対して行われる農業技術上の指導など。
規制的行政指導
これは、その目的や内容において相手方に対する規制的な力を持った行政指導であり、私人の行為の適法性を確保するための事前指導(許認可の申請に対しその適法性を確保するものなど)と、私人の違法行為是正のための指導(個人情報保護法に違反した個人情報取扱事業者に対して主務大臣の行う勧告(個人情報保護法34条)など)、独自の規制目的達成のために行われる行政指導(より積極的に独自の目的達成のために行われるもので、不況時の操業短縮の勧告や町づくりのための行政指導など)があります。
調整的行政指導
これは、私人間の紛争解決のために行われる行政指導(大企業と中小企業との間の紛争や建築主と周辺住民との間の紛争などを解決するためのもの)であり、紛争当事者にとっては規制的なものとして働くことがあります。

また、行政指導意は行政機関が他の業生態に対して行うもの、および同一の行政組織内の他の行政機関に行うものがあります。各大臣などが地方公共団体に対して行う技術的な助言・勧告(地方自治法245条の4第1項)や、大臣が関係行政機関の長に対して行う勧告(環境省設置法5条2項)などであり、行政委員会や審議会に他の行政機関に対する勧告権限が与えられていることもあります(地方公務員法8条1項4号など)。

制裁を伴う行政指導[編集]

法律上、行政指導に対する不服従につき制裁が定められている場合があります。これは指示と呼ばれる措置についてよく見られ(勧告など他の行政指導についてないわけではありませんが)、例えば、指示に対して不服従がある場合に、その事実の公表や、補助金などの返還、給付の停廃止、指定の取消などがなされることが定められています。このような制裁を予定されているものについて、これを行政指導の一種として理解するとしても、機能的には行政行為に近い役割を果たすものであり、手続法上あるいは争訟法上はこれに準じて扱うことが考えられます。

なお、制裁として刑罰や過料が定められている場合には、その行為は行政指導ではなく、権力的行為として理解されます。

行政指導の可否[編集]

総説[編集]

行政指導を行うにあたって法律の根拠を要するか否かについては、その非権力性から要しないとの見解がある一方、非権力的行政にも法律の根拠を必要と解する見解から、行政指導についても法律の根拠が必要との主張もなされています。しかし一般的には、原則としては行政指導は法律の根拠なく行うことができるものの、行政指導の内容は多様なものであり、一律にいい得るものではないと考えられます。

一方、行政機関の行為として行政指導を行う以上、その行政指導は行政機関の所掌事務の範囲内のものである必要があり、これに関して判例(最大判平成7年2月22日(ロッキード事件丸紅ルート))では、一般に、行政機関は、その任務ないし所掌事務の範囲内において、一定の行政目的を実現するため特定の者に一定の作為又は不作為を求める指導、勧告、助言等をすることができると判示しています。

また、行政指導が個別の法律において定められている場合には、特に制裁を伴うような行政指導につき、その要件などが規定されている場合があります。このような場合に、そのような正式の行政指導しかなしえないかどうかはそれぞれの制定法の解釈によることとなります。

制定法の趣旨や目的に抵触するような行政指導は許されるものではなく、これに関して判例(最判昭和59年2月24日刑集38巻4号1287頁)では、法律に直接の根拠を持たない行政指導について、それを必要とする事情があり、社会通念上相当と認められる方法で行われ、法の究極の目的に実質的に抵触しないものである限り、これを違法とすべき理由はないとしています。

行政手続法による規制[編集]

行政指導の中で、特に相手方に与えるプレッシャーが大きく、法律による行政の原理から規律する必要性の高いものとして、行政手続法では、申請に関連する行政指導、許認可等の権限に関連する行政指導をあげ、一般的規定のほかこれらにつき特に規定を設けています。行政指導にはその時々の行政の課題に柔軟・機敏に対応できる点でメリットもあるものの、密室で行われやすく法律による行政の原理を先達する危険があるという点でデメリットもあり、行政手続法では、行政指導を行う場合に所定の方式を踏むべきことを要求するという観点から規定が置かれています。

そして行政手続法は、一般原則として、行政指導が相手方の任意の協力によってのみ実現されるものであることを定め(同法32条)、また同法35条1項は、行政指導に携わる者が相手方に対して、行政指導の趣旨・内容・責任者を明確に示さなければならないものと定めており、さらに同法35条2項は、相手方が要求した場合には、原則として行政指導の趣旨・内容・責任者を書面にして交付しなければならないことを行政に義務付けています。このような規制を行うことによって、行政指導に関する証拠を残し、これを公の場に出すことを可能とするものであるといえます。

また、行政手続法では、以下の形による行政指導について規制をしています。

申請に関連する行政指導
これは、申請書を持参した私人に対して、窓口においてさまざまに行政指導をし、指導に従わない場合には申請書をそもそも受け付けない(受理しない)という態様をするものであり、返戻(へんれい)ともいわれるものです。申請書の受付をいわば人質として行政指導を行うものであり、申請者側からすると何ら救済手段がないということにもなりかねず、問題が大きいものです。そこで行政手続法では、申請者が行政指導に従う意思がない旨を表明した以上は行政指導を継続してはならないことを明示するとともに(行政手続法33条)、申請について到達主義を採用し、行政庁は遅滞なく審査を開始しなければならないとしました(同法7条)。これにより、申請書を受理しないという運用は、法律上は認められないものとなっています。
許認可等の権限に関連する行政指導
行政庁が、規制権限があることを背景として、行政指導に従わなければ当該権限を発動するという構図のもとで行われる行政指導です。行政手続法では、この類型の行政指導について、権限を行使し得る旨をことさらに示すことにより相手方に当該行政指導に従うことを余儀なくさせるようなことをしてはならないものと規定しています。

(参照 w:行政指導