時効
時効(じこう)とは、時の経過によって、権利の発生や消滅を認める制度です。ここでは、この時効、および除斥期間について学びます。
この講義は、民法 (総則)の講座の一部です。
時効制度
[編集]時効とは、ある事実状態(例えば他人の土地の占有)が一定期間継続した場合、その事実状態に対応する権利関係を認める(例えばその土地の所有を占有者に認める)制度です。これは、逆に言えば真の権利者が所有権などの権利を失うことともなりますが、
- 長期間継続した事実状態は社会においても信頼され、それを基に様々な法律関係が築かれるものですが、そのような事実状態を権利として保護し、法律関係を安定させる必要があること。
- 長期間にわたり権利を放置した者は、他者の利益を守るためにその権利を奪われても仕方がない(権利の上に眠るものは保護に値しない)こと。
- 時間の経過と共に証拠が失われ、真の権利者といえども権利者であることの立証が困難になるためそれを救済する必要があること。
という理由により正当化されるものと考えられています。
時効は、ある者が占有により一定期間、権利者であるかのような状態が継続した場合に、その者を権利者と認める取得時効と、ある権利が一定期間、存在しないかのように行使されない状態が継続した場合に、その権利の消滅を認める消滅時効とに大別されます。
時効の効果
[編集]時効の効果が発生するには、一定の事実状態が所定の期間継続し、障害が入らないことが必要となります。障害が入らずに所定の期間継続した場合、時効が完成し、権利の所得や義務の消滅という時効の効果を主張することが出来るようになります。
もっとも、時効が完成しても当然にはその効果は発生せず、時効により利益を得る当事者の意思により、時効の利益を受けるかどうかが決定されるものとしており、時効の利益を受ける当事者は時効を裁判において援用しなければ、裁判所は時効により裁判することはできないものとされています(145条)。ここで言う当事者とは、時効により直接利益を受けるべき者(およびその承継人)であり、直接に権利を所得する者や直接に義務を免れる者とされています。例えば、債務の保証人や担保不動産の第三所得者はこの直接利益を受けるべき者と考えられています。一方、一般債権者や建物賃借人(賃貸人の敷地所有権の取得時効について)などは、この直接利益を受けるべき者には含まれないとされています。
時効により利益を得る当事者は固有の時効援用権を有するものと考えられており、同一の権利や義務に対して他にも援用権者がいる場合、他の援用権者が援用するかどうかに関わらず独立して時効を援用できるものと考えられています。そして、援用権者が複数ある場合には、そのうちの1人が援用した時効はその者の直接利益を受ける限度でのみ効果を生じるとされています。
そのため、例えば保証人が主たる債務の消滅時効を援用した場合、その援用の効果として主たる債務は債権者と保証人の間では消滅したものとなりますが、債権者は主たる債務者との関係では、債権を失うわけではないこととなります。ただし、主たる債務者が債務の消滅時効を援用して主たる債務者の債務が消滅した場合には、保証債務の付従性により、保証債務も消滅することになります(保証債務が時効により消滅するのではありません)。
時効が完成すると、その効力は起算日に遡って生じることとなり(144条)、これを時効の遡及効といいます。これにより、取得時効により権利を取得したものは起算日から権利者であったこととなり、時効完成までに行った抵当権の設定やその他の処分行為も権利者が行ったものとなります。また消滅時効により債務を免れたものは起算日から債務を負っていないこととなり、その利息の支払い義務などもないこととなります。
なお、起算日は時効の基礎となる事実状態が発生した日の翌日とされ(期間の計算における初日の不算入。最判昭和35年7月27日ほか)、これを変更することは、より以前に遡らせることはもちろん、以後に遅らせることもできないものと解されています。ただし、これには異論も主張されています。
これについては、民法 (物権)の学科の不動産の物権変動#取得時効と登記も参照してください。
時効利益の放棄
[編集]時効の利益を受ける当事者は、その利益を放棄することが出来るものと考えられており、放棄した場合には以後時効を援用することはできないこととなります。ただし、146条において「時効の利益は、あらかじめ放棄することができない。」と定められており、時効利益を時効の完成前に放棄することは出来ません。これは、債権者が強い立場を利用してあらかじめ時効利益を放棄させることを避けるものです。
時効の援用権者が複数ある場合、そのうちの1人の放棄は他に影響しません。放棄は一方的な意思表示によって行われ、相手方の同意を必要としません。また、放棄があれば、放棄の時点から新たな時効が進行することとなります(最判昭和45年5月21日)。
自認行為
[編集]時効完成後に債務者が債務の存在を前提とする行為をした場合には、たとえ時効の完成を知らなかったとしても、信義則上、もはや時効を援用することはできないものとされています(最判昭和41年4月20日)。これは、時効完成後に債務を承認した者がその後時効を援用することは、自己の行為に矛盾する行為をするものであり、また一旦債務が承認されると、それにより相手方ももはや時効の援用はしないものと信頼すると考えられるため、その信頼を保護する必要があることによるとされています。
ただし、このような理由付けについては、疑問とする見解も主張されています。
時効の中断
[編集]時効がまだ完成していない段階で一定の行為が行われると、進行中の時効期間が消滅することとなります。これを、時効の中断といいます。時効の中断事由は147条に定められており、請求や差押え、仮差押え、仮処分、承認が挙げられています。請求や差押えなどは債権者が債権を行使するものであり、承認は時効によって利益を受ける者が他人の権利を認めるものです。
請求に当たる具体的事由は149条以下に列挙されていますが、そのうち153条の催告は裁判所の関与しない、当事者が債務者に単に請求するというものであり、権利者に他の時効中断手続きをとるための時間的猶予を与えるものとして定められたものです。そこで催告については、催告から6ヶ月以内に裁判上での請求などをしなければ時効中断の効果を生じません(153条)。
時効が中断されると、進行中の時効期間は消滅し、時効の中断事由の終了とともに新たに時効が進行することとなります(157条1項)。裁判上の請求であれば、裁判が確定した時点から進行することとなります(157条2項)。
また、確定判決などにより確定した権利の時効期間は、従前の権利が短期消滅時効にかかる場合であっても、一律に10年となります(174条の2第1項)。
時効の停止
[編集]時効の停止は、時効の期間満了間際に、権利者による時効の中断を著しく困難にすると考えられる事情がある場合に、一時的に時効の進行を止めるものです。このようなものとして、時効期間満了前6ヶ月以内に、未成年者や成年後見人が法定代理人を有しないとき(158条)や、天災などによるとき(161条)などが定められています。
時効の停止が認められると、期間中時効は完成しないものとされますが、停止事由が終了した後一定の期間が経過すると時効期間が完成したこととなります(時効の中断のように新たに時効期間がはじまるわけではありません)。
(参照 w:時効)
取得時効
[編集]所有権の取得時効について、民法では、
第162条1項 二十年間、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と他人の物を占有した者は、その所有権を取得する。
2項 十年間、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と他人の物を占有した者は、その占有の開始の時に、善意であり、かつ、過失がなかったときは、その所有権を取得する。
と定めており、取得時効が認められるためには、占有者が占有の始めに悪意または有過失の場合には20年間、占有の始めに善意無過失であれば10年間の占有が必要とされています。
また、この占有は所有の意思をもってなされなければなりません。この所有の意思による所有を自主占有といい、これに対して所有の意思を持たない所有を他主占有といいます。判例では、所有の意思は当事者の内心ではなく、占有者がそれを占有することとなった原因の客観的性質から判断されるものとしています(最判昭和45年6月18日)。これは、当事者の内心を基準とすると、真の権利者の思いもよらない間に取得時効が完成することともなり(例えば家を貸していたら、借りていたものが突然自分は所有の意思で占有していたのだから時効により所有権を取得した、などということになります)、問題があるためです。
そして、平穏とは暴力によらずに占有していることを言い、公然とはひそかに隠し持っているようなものではないことを言います。この点、窃盗や強盗の場合には、占有の開始時点で平穏や公然ではないと考えられますが、そのように始まった占有でも平穏かつ公然とした占有となった時点から時効が進行することとなります。
加えて、文言上は他人の物となっていますが、判例においては時効の制度趣旨などから、他人の物であることは必要ないものとされています(最判昭和42年7月21日ほか)。
取得時効による取得は原始取得であり、前主の権利に抵当権が設定されているなど、権利が制限がなされていた場合でも、そのような制限は承継されないものとされています。
また、動産については、取引行為により善意無過失で占有を得た場合には即時取得することとなります(192条)。
所有の意思などの推定
[編集]前記のような取得時効の要件に関して、民法では、186条1項「占有者は、所有の意思をもって、善意で、平穏に、かつ、公然と占有をするものと推定する。」、同条2項「前後の両時点において占有をした証拠があるときは、占有は、その間継続したものと推定する。」と、推定規定をおいています。
そのため、これらに反すること(占有が他主占有であること、強暴・隠避な占有であること)を主張するためには、そのように主張する側がこれら推定に反する事実があることを主張・立証しなければなりません。
なお、善意については推定されますが、無過失については推定されておらず、10年の短期取得時効を主張する際には無過失を主張・立証しなければならないところ、この主張・立証の際には当然善意についても主張することとなるため、善意の推定はここでは意味のないものと考えられます。
占有の継続
[編集]時効期間の進行中に占有者が変更された場合、所得時効の完成を主張する者は自己の占有だけを主張するか、それだけでなくそれ以前の占有者の占有をあわせて主張するか、選択することができます(187条1項)。ただし、前の占有者の占有をあわせて主張する場合には、前の占有者の占有が悪意や有過失で開始されていれば、例え自己の占有が善意無過失で開始されたとしても(主張する占有が悪意・有過失で開始されているため)20年の占有を主張しなければならなくなります。
これに対して、悪意(や有過失)により占有を開始した者が、以前の占有者の占有が善意無過失であるためそれをあわせて10年の占有での時効取得が認められるかどうかについては見解が分かれています。判例ではこれを占有者が途中で悪意となった場合と同視して、10年で時効が完成するものとしていますが(最判昭和53年3月6日)、学説では、これには反対する見解も主張されています。
また、時効期間が満了する前に占有者が任意に占有を止めた場合や、占有を他人に奪われた場合には占有の継続が破られ、時効が中断し、その後再び占有した場合には改めてはじめから時効期間が進行することとなります(164条)。ただし他人に占有を奪われた場合については、占有回収の訴えをし、それが認めらると占有が継続していたものとみなされることとなります(203条但書)。
所有権以外の権利の取得時効
[編集]所有権以外の権利についても、自己のためにする意思をもって平穏かつ公然と権利を行使するものは、所有権の場合と同様の区別により、10年もしくは20年でその権利を取得します(163条)。
これにより不動産賃借権を時効取得するには、土地の継続的な用益という外形的事実が存在し、かつそれが賃借の意志に基づくことが客観的に表現されているのでなければならないとされています(最判昭和43年10月8日)。
また、地役権については、283条において、「地役権は、継続的に行使され、かつ、外形上認識することができるものに限り、時効によって取得することができる。」 と定められています。
(参照 w:取得時効)
消滅時効
[編集]まず、消滅時効が問題とならない権利として、所有権(167条2項で「所有権以外の財産権は」と定められています)や所有権に基づく物権的請求権(これらが消滅すると所有権の内容を実現することができなくなるため)、担保物権(抵当権について396条があり、その他の担保物権についても、被担保債権が消滅時効にかかっていないときに担保だけ消滅するのは不合理と考えられています)があります。
そして、一般の債権の消滅時効期間は10年であり、債権と所有権を除く財産権の消滅時効期間は20年とされています(167条)。
ただし、一定の種類の債権についてはその性質により、169条から174条において、短期消滅時効を定めています。また、民法の総則以外の部分や、民法以外の法にも、様々なものにつき短期消滅時効が定められています。
消滅時効期間の起算日は、権利を行使することができるときから進行するものとされています(166条1項)。これは消滅時効は、権利を行使しないことによる権利の消滅を定めた規定であり、権利が行使できないのに時効期間が進行するのは妥当性を欠くためと考えられます。権利を行使することができるとは、権利行使のための法律上の障害がない(例えば付された期限が到来している、条件が成就している)だけではなく、権利の性質上の権利行使を現実に期待できるものを言うとされています(最判昭和45年7月15日ほか)。
これに対して、権利者の個人的事情(契約書の紛失や病気など)は、消滅時効の進行に影響しないものとされています。また、法律に特別の規定がある場合を除き、債権の存在や行使の可能性を知らなかったことも、消滅時効の進行に影響するものではありません。
(参照 w:消滅時効)
除斥期間
[編集]消滅時効と似た点があるものの、これと区別されるものとして、除斥期間があります。除斥期間は、法律で定められた一定の期間、権利者が権利を行使しないことによって権利を失うことを定めた制度ですが、権利関係を画一的・絶対的に安定させるという公益的要請に基づいて権利を行使しないという状態が継続したという事実がある場合に権利を消滅させるものです。また、取引安全の確保もこの制度の目的といわれます。
除斥期間は消滅時効と異なり、中断が起こらず、また当事者の援用がなくとも法律に定められた期間の経過により当然に権利が消滅します。また、除斥期間の起算点はそれぞれの規定が起点とするときであり、権利が行使できるときではありません。そして、判例によれば、除斥期間の適用が信義則違反になるということもないとされています(最判平成1年12月21日)。
どのような規定を除斥期間と解するかについては議論がありますが、判例においては、724条後段の20年の期間制限が除斥期間とされました。また、取消権や解除権などの形成権に関する期間制限は、行使すればそれで目的は達せられ、権利者の側から中断することは考えられず、除斥期間の規定と考えられています。
学説では、規定の趣旨・目的などから判断するとの見解や、また長期と短期の期間が定められている場合には規定の趣旨から、長期については除斥期間と解すべきとの見解、あるいは規定の文言(時効により消滅すると規定されていれば消滅時効と解するなど)によって判断するとの見解などが主張されています。
(参照 w:除斥期間)